七年前
黒崎恒一が、初めて株を買った七年前。
世界の西側。
アフリカ大陸東岸に位置する国――ザハラ共和国。
かつては一つの国家だった。
今では、首都の一部を政府が支配しているだけだった。
地方では武装勢力が道路を封鎖し、町を支配している。
政府軍と武装勢力は、長年にわたって戦い続けていた。
国境も曖昧だった。
今日、自分がどこの国にいるのか。
明日、誰がこの土地を支配しているのか。
それすら分からない。
そんな国の難民キャンプに、一人の少年がいた。
十五歳。
黒い髪。
そして――
透き通るような蒼い瞳。
少年には父親がいなかった。
母親もいなかった。
正確には、
父親も母親も、誰なのか分からなかった。
出生記録はない。
戸籍もない。
国籍もない。
ただ、このキャンプで生まれた。
それだけだった。
朝。
少年は目を覚ました。
「腹減った……」
隣のテントから声がする。
「昨日も食ってないだろ」
「お前もだろ」
少年は笑った。
「今日、何か届くかな」
「知らない」
友人が肩をすくめた。
それでも二人は外へ出た。
キャンプの一角では、何人かの少年たちが古いボールを蹴っていた。
「おい、来たぞ!」
「遅い!」
「昨日の負け、忘れたのか?」
「今日は勝つからな」
少年は笑いながら走った。
靴は擦り切れている。
ボールも何度も修理されている。
それでも、少年たちは夢中になった。
「こっち!」
「パス!」
「そこだ!」
少年がボールを蹴る。
相手を一人かわす。
そしてゴール。
「やった!」
歓声が上がる。
遠くで銃声が鳴った。
少年たちは一瞬だけ止まった。
だが、誰も逃げなかった。
しばらくすると、またボールが動き始める。
ここでは銃声すら、日常だった。
昼過ぎ。
キャンプに食料を積んだトラックが来るはずだった。
しかし、来なかった。
「道路で襲われたらしい」
大人たちが話していた。
少年は黙って聞いていた。
食料が届かない。
それも珍しいことではなかった。
だが、その日の夜。
キャンプの周囲が騒がしくなった。
遠くから車のエンジン音が聞こえる。
少年はテントの外へ出た。
数台の車が止まっていた。
武装した男たちが降りてくる。
少年はすぐに分かった。
武装勢力だ。
一人の男が少年を見た。
「お前」
少年は立ち止まった。
「名前は?」
少年は答えた。
男は少し考えた。
「仕事をする気はあるか?」
「仕事?」
「飯を食わせてやる」
少年の目が動いた。
「何をする?」
男は後ろを指差した。
車の荷台。
そこには武器が積まれていた。
「簡単だ」
男は銃を一本取り出した。
少年の前に差し出す。
「これを持て」
少年は銃を見た。
何度も見たことがある。
だが、自分で触ったことはない。
少年はゆっくり手を伸ばした。
銃を受け取る。
重い。
想像していたより、ずっと重かった。
「……何をすればいい?」
男は少年を見た。
「食いたいなら、撃て」
少年は黙った。
正義のためではない。
国を取り戻すためでもない。
誰かへの復讐でもない。
そもそも、復讐する家族すらいない。
ただ――
腹が減っていた。
少年は銃を握り直した。
蒼い瞳に、月明かりが映る。
この夜。
難民キャンプで生まれた、親の名前すら知らない少年が。
初めて銃を手にした。
まだ誰も知らない。
この少年が、やがて数万人の兵士を率いることを。
一つの国を作ることを。
西側世界の象徴となることを。
そして世界中から、
「西の勇者」
と呼ばれることを。
少年自身も知らない。
ただ、その夜に考えていたことは一つだった。
明日の朝、何か食べられるといい。




