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『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


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B.A.

朝。


 少年は、昨夜渡された銃を見つめていた。


 自分の膝の上に置いてある。


 触れたくない。


 しかし、手放すこともできない。


 昨日。


 あの銃で、人を撃った。


 引き金を引いた瞬間の感触が、まだ指に残っている。


 耳の奥には、銃声がこびりついていた。


 目を閉じる。


 倒れた男の姿が浮かぶ。


 少年は目を開けた。


 腹が鳴った。


「……腹減った」


 それだけだった。


 朝食が配られた。


 固いパン。


 豆。


 そして、小さな肉。


 少年は肉を見つめた。


 昨日と同じだ。


 ゆっくりパンを口に入れる。


 噛む。


 豆を食べる。


 そして肉を口に入れた。


「……うまい」


 思わず声が出た。


 近くにいた男が笑う。


「お前、本当に食うのが好きだな」


「腹が減ってるから」


「昨日、人を撃ったばかりなのに?」


 少年の手が止まった。


 笑い声が消える。


 少年は俯いた。


「……怖かった」


 正直な言葉だった。


「今も怖い」


 男は少し驚いた顔をした。


「そうか」


 少年は肉を見つめる。


「でも、腹は減る」


 男は吹き出した。


「お前、変な奴だな」


 少年も少し笑った。


 その日の仕事は、見張りだった。


 少年は道路を眺めていた。


 銃は肩から下げている。


 まだ扱いには慣れていない。


 だが、昨日までとは違った。


 周囲の兵士たちが、時々少年を見る。


 昨日の戦闘で、少年が政府軍の兵士を撃ったことを知っているからだ。


「おい、ジョン」


 少年が振り返る。


「何?」


「ジョン・ドゥって長いな」


「そう?」


「呼びにくい」


 男は少年の髪を見た。


 黒い。


 夜のように黒い。


 そして、その顔を見て目を止める。


「お前の目、青いな」


 少年は自分の目を指差した。


「これ?」


「ああ」


「生まれたときから」


「珍しいな」


 別の男が笑った。


「黒い髪に青い目か」


 少し考えてから言った。


「Black hair……Azure eyes……」


「B.A.だ」


「ビー・エー?」


「そう。B.A.」


 少年は首を傾げた。


「それ、名前?」


「ニックネームだ」


 少年は少し考えた。


「じゃあ、それでいい」


 男たちが笑った。


「決まりだな」


「今日からB.A.だ」


 少年は特に気にしなかった。


 John Doe。


 B.A.


 どちらでもよかった。


 そもそも、自分には本当の名前がない。


 昼過ぎ。


 遠くに人影が見えた。


 少年は立ち上がった。


「待って」


 周囲の男たちが振り返る。


「あれ、昨日の車じゃない?」


 一人が双眼鏡を覗く。


「……違うだろ」


「同じだと思う」


「なんで分かる?」


「荷台のところ」


 少年は指を差した。


「昨日、あそこに白い布があった」


 男が双眼鏡を覗く。


 沈黙。


「……同じ車だ」


 周囲がざわつく。


 男たちはすぐに配置についた。


 少年は何も言わなかった。


 ただ、遠くの車を見ていた。


 それからしばらくして、車は引き返していった。


「B.A.」


 呼ばれて振り返る。


「よく見てたな」


「たまたま」


「たまたまでも助かった」


 男が少年の肩を叩く。


 少年は照れたように笑った。


 夜。


 小さな焚き火を囲んで、兵士たちが食事をしていた。


 B.A.もその中にいた。


 まだ十五歳。


 周囲は大人ばかりだ。


 それなのに、誰も彼を追い出そうとはしなかった。


「B.A.」


「何?」


「肉、食うか?」


「食べる」


 男が笑いながら肉を渡す。


 別の男もパンを差し出した。


「これもやる」


「ありがとう」


 B.A.は受け取った。


 そして、少し離れたところに座っている少年を見つけた。


 自分より幼い。


 痩せている。


 食事を持っていない。


 B.A.は自分のパンを見る。


 少し迷った。


 そして半分に割った。


「お前」


 少年が顔を上げる。


「食え」


「……いいの?」


「ああ」


 少年はパンを受け取った。


「ありがとう、B.A.」


 その呼び方に、B.A.は少しだけ笑った。


 焚き火の周囲にいた兵士たちは、その光景を見ていた。


 誰も何も言わなかった。


 ただ、一人の兵士が呟いた。


「……あいつ、人を引きつけるな」


「何が?」


「いや」


 男は笑った。


「何でもない」


 夜が深くなる。


 B.A.は一人、空を見上げていた。


 自分がどこから来たのかは知らない。


 誰の子供なのかも知らない。


 どこの国の人間なのかも分からない。


 正式な名前すらない。


 それでも、今日。


 初めて自分を呼ぶ名前ができた。


 B.A.


 黒い髪。


 蒼い瞳。


 ただ、それだけから生まれた名前。


 少年にとっては、それ以上の意味などなかった。


 だが――


 この日から少しずつ。


 戦場で「B.A.」という名前が知られていくことになる。


 そして誰も知らなかった。


 この名がいつか、


 西側世界を揺るがす名前になることを。


 まだ十五歳の少年は、


 ただ空を見上げていた。


 そして小さく呟いた。


「明日も、食えるかな」


 その声に、隣の兵士が笑った。


「食わせてやるよ」


 B.A.も笑った。


 この頃の彼にとって、


 世界はまだ――


 一杯の食事より小さかった。

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