↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/186

退路

黒崎は。


 自分に残されたものを。


 一つずつ確認した。


 現金。


 少ない。


 仕事。


 ない。


 家族。


 もういない。


 信用。


 ない。


 そして。


 失うことを恐れる理由も。


 もう、ほとんど残っていなかった。


 黒崎は。


 銀行の画面を開いた。


 借りられる金額を確認する。


 限度額まで。


 迷わず借りた。


 次に。


 証券口座を開く。


 信用取引。


 使える枠を確認する。


 以前の黒崎なら。


 ここで手が止まっていた。


 借金。


 信用取引。


 失敗すれば。


 取り返しがつかない。


 それが分かっていたからだ。


 実際。


 三年前。


 それで人生を壊した。


 親に尻拭いをさせた。


 祖母の土地まで巻き込んだ。


 普通なら。


 二度と同じことはしない。


 それが。


 普通の人間だ。


 黒崎も。


 そう思っていた。


 だから三年間。


 慎重に。


 慎重に。


 東方エネルギーを買い続けた。


 少しずつ。


 給料から。


 生活費を除いた金だけを。


 それでも。


 最後には。


 家族を失った。


 仕事も失った。


 信用も失った。


 そして。


 気づいた。


 慎重に生きた結果。


 自分には何も残らなかった。


「……」


 黒崎は。


 画面を見つめる。


 借りられる金額。


 信用枠。


 そして。


 東方エネルギーの株価。


 指を動かす。


 借りられる金を。


 限度まで借りる。


 信用枠を。


 すべて使う。


 そして。


 東方エネルギーを買う。


 買う。


 さらに買う。


 約定。


 また買う。


 約定。


 保有株数が増えていく。


 黒崎は。


 その数字を。


 ただ見つめていた。


 怖くない。


 いや。


 正確には。


 怖い。


 怖いはずなのに。


 その恐怖が。


 以前とは違っていた。


 昔は。


 失敗するのが怖かった。


 怒られるのが怖かった。


 家族を失うのが怖かった。


 仕事を失うのが怖かった。


 未来がなくなるのが怖かった。


 だから。


 逃げた。


 誰かに助けてもらった。


 誰かに尻拭いをしてもらった。


 そして。


 そのたびに。


 自分を嫌いになった。


 今は。


 違う。


 もう。


 失ってしまった。


 家族も。


 仕事も。


 信用も。


 居場所も。


 全部。


 なくなった。


 なら。


 これ以上。


 何を恐れればいい。


 黒崎は。


 ふと。


 そんなことを考えた。


 そして。


 自分自身に気づいた。


「……俺」


 声が漏れる。


「もう、失うものがないんだ」


 その言葉は。


 悲しいはずだった。


 絶望の言葉のはずだった。


 なのに。


 黒崎の胸には。


 妙な解放感があった。


 守るものがない。


 失敗を恐れる必要もない。


 誰かの期待に応える必要もない。


 誰かに謝る必要もない。


 もう。


 自分の人生が壊れることを。


 恐れる必要すらない。


 なぜなら。


 すでに一度。


 壊れているからだ。


 黒崎は。


 椅子の背もたれに身体を預けた。


 そして。


 小さく笑った。


「……死ぬ気だ」


 それは。


 死にたいという意味ではなかった。


 むしろ。


 生きるためだった。


 ただ。


 以前のように。


 普通に生きることを。


 黒崎は捨てた。


 安定。


 常識。


 世間体。


 家族。


 仕事。


 信用。


 そういうものを。


 もう。


 人生の基準にはしない。


 残ったものは。


 自分の命。


 そして。


 東方エネルギー。


 だったら。


 全部。


 賭ければいい。


 勝てば。


 何かが変わる。


 負ければ。


 終わる。


 それだけだった。


 黒崎は。


 もう一度。


 株価を見る。


 低い。


 誰も期待していない。


 誰も見向きもしない。


 それが。


 今の自分と重なった。


「……俺と同じだな」


 誰にも期待されない。


 誰にも必要とされない。


 それでも。


 まだ残っている。


 黒崎は。


 画面に表示された保有株数を見る。


 以前なら。


 この数字を見て。


 不安になっていた。


 今は。


 違った。


 むしろ。


 安心していた。


 もう。


 後戻りできない。


 だから。


 迷わなくていい。


 黒崎は。


 パソコンを閉じた。


 部屋は暗くなった。


 窓の外を見る。


 街には。


 明日も普通の日常が続く。


 会社へ行く人間。


 家族と暮らす人間。


 将来を考える人間。


 黒崎には。


 もう。


 その世界が遠かった。


 羨ましいとは。


 思わなかった。


 戻りたいとも。


 思わなかった。


 ただ。


 一つだけ。


 胸の奥に残っていた。


 意地。


 いや。


 執念。


「……俺は」


 黒崎は。


 暗い部屋で呟いた。


「まだ終わってない」


 誰に言うでもない。


 自分に言い聞かせるように。


 その日。


 黒崎は。


 自分の未来を。


 一つの会社に預けた。


 金だけではない。


 信用でもない。


 人生そのものを。


 そして。


 黒崎は。


 死ぬ気で生きることを。


 初めて決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。