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『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


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崩れた戦線

朝。


 反乱軍は街の北側へ進んでいた。


 前方に敵の姿が見える。


 しかし、数は少ない。


「敵は東へ下がっている」


 小隊長が地図を確認する。


「追いますか?」


「ああ」


 小隊長は迷わなかった。


「今なら押し切れる」


 兵士たちが走り出す。


 銃声。


 敵が撃ちながら後退していく。


「逃げてるぞ!」


「追え!」


 反乱軍がさらに前へ出る。


 BAは少し後ろから、その動きを見ていた。


「……おかしい」


「何が?」


「敵が少なすぎる」


 小隊長が振り返る。


「撤退したんだろ」


「だったら、あそこにいるはず」


 BAが東を指す。


「いない」


「じゃあ、どこだ?」


「分からない」


 その瞬間。


 轟音。


 前方の建物が吹き飛んだ。


「伏せろ!」


 爆風が隊列を叩く。


 悲鳴。


 土煙。


「敵襲!」


 直後。


 右側から銃撃。


 左側からも銃撃。


「右! 敵がいる!」


「左翼も撃たれてる!」


「どこから来た!?」


 小隊長が叫ぶ。


「全員、止まれ!」


 だが、もう遅かった。


 前方に敵。


 左右にも敵。


 そして。


「後ろ!」


 振り返った兵士の目に、別の部隊が映る。


「後ろも塞がれています!」


 完全に囲まれた。


 銃弾が頭上を飛び交う。


 地面が跳ねる。


「伏せろ!」


「負傷者!」


「弾が足りない!」


「左翼が下がっています!」


「下がるな!」


 小隊長が叫ぶ。


 その声すら銃声にかき消される。


 部隊が押される。


 一歩。


 また一歩。


 後退する。


「小隊長!」


「何だ!」


「第二班が孤立しました!」


「第三班を向かわせろ!」


「無理です! 間に敵がいます!」


 小隊長が歯を食いしばる。


「……くそっ」


 自分の判断だった。


 敵が退いている。


 そう判断して追った。


 だが。


 これは撤退ではない。


 誘い込まれた。


 その事実に気づいた瞬間。


 さらに銃声が響く。


「敵、前進してきます!」


「このままだと潰されます!」


 小隊長が地図を開く。


 手が震えていた。


 東。


 西。


 北。


 すべて塞がれている。


「南へ抜ける」


「南にも敵がいる可能性があります!」


「分かってる!」


 そのとき。


「違う」


 BAの声。


 小隊長が振り返る。


「何?」


 BAは地図ではなく、戦場そのものを見ていた。


「敵は俺たちを殺そうとしてない」


「何だと?」


「南へ逃がしたいんだ」


「……」


「ここまで全部、南へ向かわせるため」


 BAが周囲を指す。


「東は押してるだけ。西も同じ。北は塞いでる」


 そして南。


「南だけ、撃ち方が弱い」


 小隊長が見る。


「……本当だ」


「待ち伏せがある」


「なら南は使えない」


「違う」


 BAは言った。


「使う」


「正気か?」


「向こうが待ってるなら、そこにいる連中を動かせばいい」


 小隊長がBAを見る。


「どうやって?」


「俺たちが南へ行く」


「それじゃ敵の思う通りだ」


「だから、南へ行くのは半分だけ」


 BAが地図を指す。


「残りは川沿い」


「川沿い?」


「ここなら敵の射線が切れる」


「でも橋がない」


「渡る」


「この状況で?」


「今しかない」


 小隊長は戦場を見る。


 味方が押されている。


 あと数分。


 それ以上は持たない。


「……分かった」


 小隊長が叫ぶ。


「第一班! 南へ走れ!」


「小隊長!?」


「撃ち返せ! 敵の注意を南へ向けろ!」


 兵士たちが動く。


 一斉に銃声。


 南へ向かう部隊に敵の射撃が集中する。


「今!」


 BAが叫ぶ。


「川沿いへ!」


 残った兵士たちが走る。


 敵が気づく。


「右に動いたぞ!」


「追え!」


 だが遅い。


 川沿いには建物が並び、敵から視線が切れる。


「走れ!」


「止まるな!」


 銃弾が壁を削る。


 兵士が一人倒れる。


「負傷者!」


「置いていけ!」


 小隊長が叫ぶ。


「いや!」


 BAが振り返る。


「二人、連れていけ!」


「でも!」


「三十秒だけ!」


 仲間が負傷兵を抱える。


 その間にも銃声が迫る。


「あと少し!」


 川が見えた。


「渡れ!」


 兵士たちが次々と水へ飛び込む。


 対岸へ。


 一人。


 二人。


 三人。


 小隊長が最後尾を確認する。


「まだいる!」


「小隊長!」


「先に行け!」


 小隊長が残る。


 敵が川沿いまで迫る。


「来い!」


 小隊長が銃を構える。


 銃声。


 敵が一人倒れる。


 だが。


 別方向から銃弾が飛ぶ。


「ぐっ……!」


 小隊長の肩を撃ち抜いた。


 その場に膝をつく。


「小隊長!」


「行け……!」


 部下たちは対岸へ渡り切っていた。


 敵が近づいてくる。


 小隊長は立ち上がろうとする。


 足に力が入らない。


「……くそ」


 銃を握り直す。


 そのとき。


「小隊長!」


 対岸にいたBAが戻ってきた。


「来るな!」


「無理」


「戻れ!」


「嫌だ」


 BAは周囲を見る。


 敵の位置。


 川幅。


 建物。


 逃げ道。


 一瞬で判断する。


「三人!」


 仲間が振り返る。


「こっち!」


「でも小隊長が!」


「だから!」


 BAが叫ぶ。


「今、撃て!」


 一斉に銃声。


 敵が身を伏せる。


「走る!」


 BAが川を渡る。


 小隊長の腕を掴む。


「立てる?」


「……無理だ」


「じゃあ、引く」


「お前……」


「早く」


 二人が走る。


 背後から銃声。


 地面が跳ねる。


「右!」


 BAが叫ぶ。


 三人が右へ飛ぶ。


 壁に銃弾が突き刺さる。


「止まるな!」


 小隊長は血を流しながら、BAに引かれて進む。


 ようやく建物の陰へ入った。


 銃声が遠ざかる。


 小隊長が倒れる。


「……なんで戻ってきた」


 BAは小隊長を見る。


「なんでって」


 少し考える。


「置いていけないだろ」


「……馬鹿だな」


「よく言われる」


 小隊長は苦笑した。


 そのまま目を閉じる。


「おい」


 BAが肩を叩く。


「寝るな」


「……寝てない」


「ならいい」


 その夜。


 反乱軍本部。


 一人の将軍が報告書を読んでいた。


「北部隊、損害は?」


「大きいですが、全滅は免れました」


「指揮官は?」


「負傷しました」


「原因は?」


「敵の包囲です。ただ……」


「ただ?」


「現場にいたBAという青年が撤退経路を変更したそうです」


 将軍が顔を上げる。


「BA?」


「はい。18歳だそうです」


「反乱軍の人間か?」


「いえ。現地の協力者かと」


 将軍は少し考える。


「そうか」


 それ以上は聞かなかった。


 報告書を閉じる。


「次の報告を」


 机の上に。


 BAという名前だけが残った。

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