情報の戦場
世界中で、連邦に対する見方が変わり始めていた。
これまで連邦は、軍事力と高度な技術を持ちながらも、周辺国への直接的な介入を避けてきた。
しかし、アリアの暗殺以降、状況は一変していた。
連邦軍基地への攻撃。
友好国への襲撃。
そして、それらと時を同じくして流れ始めた数々の情報。
連邦が報復を計画している。
周辺国への軍事介入を準備している。
新技術を利用して世界のエネルギー市場を支配しようとしている。
事実と推測が混ざり合い、いつしかそれらは「連邦の脅威」という一つの物語になっていた。
連邦議会では、緊急の非公開協議が行われていた。
「各国から問い合わせが殺到しています」
エリアスが報告する。
「我々が軍事行動を計画しているのか、と」
ヴィクターは資料をめくった。
「否定しているんだろう?」
「もちろんです」
エリアスは別の資料を出す。
「しかし、否定すればするほど疑われています」
「どういうことだ?」
「『連邦政府は否定しているが、情報機関は別の情報を把握している』という報道まで出ています」
ヴィクターは資料を机に置いた。
「証拠は?」
「ありません」
「それでも広がっている」
「はい」
室内に沈黙が落ちた。
そこへアランが入ってきた。
「少し分かってきました」
「何がだ?」
アランはモニターを起動した。
「世界各国で流れている連邦関連の情報を、発信元まで遡りました」
画面には複雑な情報網が表示される。
「一つ一つの記事だけを見ると、別々の報道に見えます」
アランが説明する。
「ですが、最初の情報源まで辿ると、かなりの数が同じ情報網に行き着きます」
エリアスが画面を見る。
「同じ組織?」
「まだ断定できません」
アランは答えた。
「ただ、情報の素材が同じです」
「素材?」
「同じ写真。同じ数字。同じ表現。場合によっては、ほぼ同じ文章まで使われています」
ヴィクターが眉を寄せる。
「誰かが材料を配っている?」
「その可能性が高いです」
アランは別の画面を開いた。
「さらに不自然なのが、情報の出る順番です」
「順番?」
「まずSNSで疑惑が流れる」
「次に海外メディアが取り上げる」
「その後、専門家がコメントする」
「最後に大手メディアが『国際社会で懸念が高まっている』と報道する」
エリアスが呟いた。
「最初から最後まで、流れが作られている……」
「はい」
アランは頷いた。
「自然発生した世論というより、世論が自然発生したように見せている」
ヴィクターは画面を見つめた。
「情報戦か」
「かなり大規模です」
その頃、アメリカでは新たな報道が流れていた。
『連邦が周辺国の政権転覆を計画か』
『連邦軍、秘密裏に特殊部隊を準備との情報』
『連邦の新技術が世界の安全保障を変える可能性』
どれも、確定した事実ではなかった。
しかし、記事には必ず「政府関係者」「情報筋」「専門家」といった言葉が添えられていた。
そして、それらの記事を見た各国政府が警戒を強めていく。
連邦と距離を置く国も現れ始めた。
「これはまずいな」
エリアスが報告する。
「一部の国が、我々との軍事協力を一時停止すると通告してきました」
「理由は?」
「地域情勢の悪化です」
ヴィクターは黙った。
「我々が何もしていないのに、こちらが孤立していく」
「はい」
その時、アランが口を開いた。
「ヴィクター」
「何だ?」
「一つ、気になることがあります」
アランが画面を切り替える。
そこには、各国で流れている情報と、それを受けた各国政府の対応が時系列で表示されていた。
「情報が流れた後、必ず同じような外交圧力が発生しています」
「外交圧力?」
「連邦との軍事協力を見直せ」
「連邦への制裁を検討しろ」
「連邦軍の活動を監視しろ」
エリアスが画面を見つめる。
「情報を流して終わりではない」
「はい」
アランが答える。
「その情報を利用して、各国を動かしている」
ヴィクターは静かに椅子へ座った。
「つまり、我々を戦争に引きずり込むだけじゃない」
「はい」
エリアスが続ける。
「戦争を起こす前に、連邦を孤立させようとしている」
その言葉が、室内に重く響いた。
ヴィクターはしばらく黙っていた。
「アリアの事件から始まった」
「はい」
「そして、周辺国への襲撃」
「はい」
「基地への攻撃」
「はい」
ヴィクターは一つずつ確認するように言った。
「全部、俺たちが怒るように仕向けられている」
そして、資料を閉じる。
「だが、戦争を始めなければいい」
エリアスはヴィクターを見る。
「それだけでは済まないかもしれません」
「分かっている」
ヴィクターは答えた。
「だからこそ、こちらも動く」
「軍ですか?」
「違う」
ヴィクターは首を横に振った。
「外交だ」
その日のうちに、ヴィクターは連邦周辺国の首脳と相次いで会談を行った。
「我々は、あなた方の領土を奪うつもりはない」
「軍事介入も考えていない」
「攻撃を受けた場合は自国民と自国領土を守る。それだけだ」
一つ一つの国に、直接説明していく。
それは派手な行動ではなかった。
しかし、ヴィクターにとっては重要な戦いだった。
銃を使わない戦い。
情報を使った戦い。
そして、その戦いの先には、まだ姿の見えない敵がいる。
その頃。
アメリカのある施設では、別の報告が上がっていた。
「連邦が外交攻勢に出ました」
「予想より早いな」
「周辺国との関係も、まだ崩れていません」
男は資料を見つめた。
「ヴィクターは、戦争より先に外交で対抗するつもりか」
「どうしますか?」
男はしばらく考えた。
「ならば、次は外交では解決できない問題を作る」
「次の作戦を?」
男は頷いた。
「連邦自身が決断を迫られる状況を作れ」
その言葉とともに、地図の上に新たな印が付けられた。
今度の標的は、連邦の軍事施設でも友好国でもなかった。
連邦の経済そのものだった。




