経済戦争
連邦が外交攻勢を強める一方、アメリカ側でも次の作戦が動き始めていた。
今回の目的は、連邦を直接攻撃することではない。
軍事力を使わず、経済を揺さぶる。
それによって国内に不安を生み、友好国との関係を弱め、連邦そのものの信用を落とす。
「軍事行動は必要ありません」
作戦担当者が資料を示す。
「市場を動かせばいい」
画面には連邦の主要産業と貿易ルートが表示されている。
「まず、連邦経済に関する不安情報を流します」
「どんな情報だ?」
「主要企業の業績悪化。金融機関の資金不足。輸出入の停滞。そして、連邦政府が秘密裏に資本規制を検討しているという情報です」
「事実なのか?」
「重要なのは事実かどうかではありません」
担当者は淡々と答えた。
「市場が、それを事実だと思うかどうかです」
さらに別の資料が表示される。
「次に、連邦と経済的な関係が深い国へ圧力をかけます」
「どのように?」
「融資条件の見直し。保険料の引き上げ。輸出許可の厳格化。そして一部企業への取引制限です」
「連邦そのものを制裁するのではないのか?」
「直接ではありません」
担当者は首を横に振った。
「各国が自主的にリスクを判断したように見せます」
さらに、連邦企業の海外取引を担当する金融機関の一覧が表示された。
「金融機関が慎重になれば、企業は資金調達に時間がかかる」
「物流会社が慎重になれば、輸送コストが上がる」
「保険会社が慎重になれば、海外取引そのものが難しくなる」
男が資料を見つめる。
「つまり、誰も連邦を攻撃していない」
「はい」
担当者が答えた。
「それでも、少しずつ経済活動が鈍る」
その日の朝。
連邦の金融市場で、異変が起きた。
主要企業の株価が一斉に下落した。
「何が起きている?」
金融担当者が画面を見る。
「売り注文が急増しています!」
「原因は?」
「分かりません」
「情報を確認しろ!」
市場では、すでに噂が広がっていた。
『連邦政府が大規模な軍事支出を検討している』
『海外資産が凍結される可能性がある』
『主要企業の海外取引が制限される』
どれも正式に発表された情報ではない。
しかし、投資家は動いた。
売りが売りを呼ぶ。
そして、それを見た海外投資家がさらに売却する。
エリアスのもとにも報告が入った。
「金融市場で大規模な売りが出ています」
「理由は?」
「明確には分かりません」
「情報戦か?」
「可能性があります」
エリアスはすぐにヴィクターへ連絡した。
執務室。
ヴィクターは報告書を読みながら眉を寄せた。
「軍事基地ではない」
「はい」
「友好国でもない」
「はい」
「今度は経済か」
エリアスが頷く。
「市場を狙っています」
ヴィクターはしばらく黙っていた。
「被害は?」
「現時点では限定的です」
「なら、慌てる必要はない」
「しかし、問題はこれからです」
エリアスが次の資料を出す。
「一部の海外金融機関が、連邦企業への融資審査を厳格化しています」
「理由は?」
「地政学的リスクだそうです」
ヴィクターが資料を見る。
「……情報戦が経済にまで広がったか」
そこへ、別の報告が入る。
「議長、物流についても問題が出ています」
「何だ?」
「一部の海外港湾会社が、連邦向け貨物の保険条件を変更しました」
「それで?」
「輸送コストが上がっています」
ヴィクターは黙っていた。
一つ一つは小さな変化だった。
株価の下落。
融資条件の変更。
保険料の上昇。
物流コストの増加。
どれも、それだけなら大きな問題ではない。
しかし、同時に起きれば話は変わる。
「敵は、連邦経済を止めようとしているのか?」
エリアスが答える。
「完全に止めるつもりではないと思います」
「では?」
「不安定にする」
ヴィクターは顔を上げた。
「経済が不安定になれば、国民の不満が増える」
「企業も政府を疑うようになります」
「そして友好国も距離を取る」
エリアスは頷いた。
「最終的には、連邦自身が軍事的な対抗策を求めるようになる」
ヴィクターは静かに言った。
「戦争を始めさせるために、経済を壊す」
「おそらく、それが狙いです」
その頃、アランの研究施設でも解析が進んでいた。
「面白いですねぇ」
アランがモニターを見ながら呟く。
「何がです?」
研究員が尋ねる。
「市場の動きです」
複数の金融市場が表示されている。
「最初に下落した企業。その後に売られた企業。さらに海外で同時に出た売り注文」
アランはAIの解析結果を確認する。
「自然発生した市場の混乱ではない可能性があります」
「操作されている?」
「まだ断定できません」
アランは画面を切り替えた。
「ですが、情報が出る順番と市場の動きに妙な一致があります」
「情報が先に流れている?」
「はい」
アランは小さく笑った。
「誰かが市場を動かして、その結果を『連邦経済への不安が広がっている証拠』として、また世界へ流している」
エリアスが画面を見つめる。
「自分たちで火をつけて、その火を見て『連邦は危険だ』と言っているわけか」
「そういうことです」
その夜。
連邦議会でも経済問題が議題になった。
「市場を守るため、政府が介入すべきだ!」
「海外資産を守る措置を取るべきだ!」
「資本流出を規制する必要がある!」
しかし、反対する議員もいた。
「規制すれば、逆に海外へ不安を与える!」
「市場への介入は、敵の情報を裏付けることになる!」
議会は再び割れた。
ヴィクターは黙って議員たちの議論を聞いていた。
やがて立ち上がる。
「慌てるな」
議場が静まった。
「敵は我々に、間違った判断をさせようとしている」
ヴィクターは続けた。
「軍事でも、外交でも、経済でも同じだ」
「こちらが感情的に動けば、相手の計画に乗ることになる」
一人の議員が尋ねる。
「では、何もしないのですか?」
「何もしないわけではない」
ヴィクターは答えた。
「経済を守る」
「ただし、相手が望む方法ではない」
その頃、アメリカ側では新たな報告が上がっていた。
「市場への圧力が始まりました」
「反応は?」
「まだ限定的です」
「では次へ進め」
担当者が資料を開く。
そこには連邦と深い経済関係を持つ国々の名前が並んでいた。
「次は、連邦の友好国です」
「連邦だけを揺さぶっても意味がありません」
「友好国に選択を迫らせる」
男が尋ねる。
「どんな選択だ?」
担当者は静かに答えた。
「連邦との関係を維持するのか、それとも自国の経済を守るのか」
その言葉とともに、次の作戦が開始された。
連邦は、まだ気づいていなかった。
本当の標的は連邦そのものではない。
連邦と、その周囲に築かれた経済圏だった。




