仕掛けられた戦場
三の矢から数日。
連邦では、軍事施設の警戒態勢が引き上げられていた。
しかし、ヴィクターは依然として攻撃命令を出していなかった。
アリアの死。
周辺国への襲撃。
そして連邦軍基地への攻撃。
三つの事件には、明らかに何らかのつながりがある。
ヴィクターはそう考えていた。
その日の朝。
エリアスのもとへ、緊急報告が届いた。
「エリアスさん、大変です」
「何があった?」
「連邦と友好関係にある国の政府施設が襲撃されました」
エリアスの表情が変わる。
「またか」
「はい。ただ、今回はこれまでと違います」
「何がだ?」
「現地政府が、連邦に支援を要請しています」
エリアスは資料を受け取った。
そこには、襲撃によって破壊された政府施設の映像が映っていた。
死傷者も出ている。
「犯人は?」
「武装勢力を名乗っています」
「また武装勢力か……」
エリアスは画面を見つめた。
「そして、声明の中で連邦を名指ししています」
「何と言っている?」
「連邦が我々の国内問題に介入している。だから攻撃した、と」
エリアスは眉を寄せた。
「我々は介入していない」
「はい」
「それなのに、連邦の名前が出ている」
エリアスはしばらく考えた。
「アランを呼んでくれ」
その頃、世界では別の動きが始まっていた。
海外メディアが、一斉に連邦に関する記事を報じ始めた。
『連邦、周辺国への軍事介入を準備か』
『アリア暗殺への報復を検討との情報』
『連邦軍、国境付近で活動を活発化』
まだ連邦政府が軍事行動を決定していないにもかかわらず、記事の内容は具体的だった。
さらに、匿名の政府関係者を名乗る人物の発言まで流れ始めた。
「連邦は報復の機会を探している」
「連邦軍内部では、すでに攻撃計画が検討されている」
「今回の周辺国での事件も、連邦の勢力拡大と関係している可能性がある」
エリアスは画面を見つめた。
「……始まったな」
ヴィクターが振り返る。
「何がだ?」
「情報戦です」
エリアスは記事を次々と表示した。
「まだ我々が何も決めていない段階で、世界には『連邦は戦争を望んでいる』という情報が流れています」
ヴィクターは黙って画面を見る。
さらに別の記事が表示される。
『連邦軍基地への攻撃は自作自演だった可能性』
「……馬鹿げている」
ヴィクターが呟く。
「ですが、すでに広がっています」
エリアスが答えた。
「証拠は?」
「ありません」
「なら、なぜ報じる?」
「匿名の情報筋です」
ヴィクターはしばらく画面を見つめた。
「誰かが、意図的に情報を流している」
その頃、アランはすでに情報の流れを追っていた。
研究施設の大型モニターには、世界各地のニュースサイトやSNS、報道機関の記事が表示されている。
「妙だな……」
研究員が尋ねる。
「何がです?」
「同じ内容の記事が、ほぼ同じ時間帯に大量に出ている」
アランはAIに指示を出した。
「発信元、転載経路、最初の投稿まで全部追って」
AIが解析を開始する。
数分後。
画面に複数のネットワークが表示された。
「やっぱりだ」
「何か分かりましたか?」
「一つの記事が別の記事へ転載され、それがさらに別の国のメディアへ渡っている」
「普通の報道では?」
「違う」
アランは画面を拡大した。
「最初の情報源が、かなり限定されている」
さらにAIが分析を進める。
複数の報道機関。
匿名情報筋。
専門家コメント。
SNS上の拡散。
一見すると別々の情報に見える。
しかし、その根を辿っていくと、いくつかの同じ情報源へと集約されていた。
「誰かが同じ材料を配っている」
アランが呟いた。
「そして、それぞれ別の報道として世界へ流している」
その頃、アメリカでは政府関係者による記者会見が行われていた。
「我々は連邦による軍事行動を懸念しています」
政府関係者が淡々と話す。
「周辺地域で連邦軍の影響力が拡大していることは事実です」
記者が質問する。
「連邦が軍事侵攻を計画しているという情報は確認されていますか?」
政府関係者は少し間を置いた。
「我々は、そうした可能性を排除していません」
断定はしない。
しかし、否定もしない。
それだけで十分だった。
その日の夜には、世界各国で同じ論調が広がっていた。
『連邦は戦争を準備している』
『アメリカは連邦の脅威を警戒』
『周辺国は連邦の軍事的圧力に直面』
事実と推測が混ざり合い、どこまでが真実なのか分からなくなっていく。
連邦政府が否定すればするほど、新たな疑惑が生まれた。
そして、アリアの事件までもが利用され始めた。
『アリア暗殺を口実に、連邦は報復を計画している』
ヴィクターはその記事を見つめていた。
「……アリアまで利用するのか」
拳が強く握られる。
エリアスが静かに言う。
「これが狙いでしょう」
「何がだ?」
「我々を怒らせる」
エリアスは続けた。
「そして、怒った我々が軍を動かす」
ヴィクターは答えなかった。
その時、アランから通信が入った。
「ヴィクター、エリアス。解析結果が出ました」
「話せ」
「今回の友好国への襲撃、その資金の一部が複数の国を経由しています」
「最終的な資金源は?」
「まだ確定していません」
アランが画面を切り替える。
「ただ、資金の流れの一部がアメリカ国内へ戻っています」
エリアスの表情が変わった。
「アメリカ?」
「はい。ただし、それだけで政府の関与とは言えません」
アランは慎重だった。
「しかし、アリアの事件、周辺国への襲撃、連邦軍基地への攻撃、今回の事件。そして世界中へ流れている情報」
画面に四つの事件と情報網が並ぶ。
「すべてを関連付けると、偶然とは考えにくい」
ヴィクターは画面を見つめた。
「……戦争を作ろうとしている」
エリアスが頷く。
「おそらく」
ヴィクターはしばらく黙っていた。
「ならば、我々がやることは一つだ」
「何でしょう?」
「戦争をしない」
エリアスが顔を上げる。
「それが一番、相手の計画を狂わせる」
ヴィクターはそう言った。
しかし、その直後。
アランのAIが新たな警告を表示した。
「待ってください」
二人が振り返る。
「まだあります」
「何がだ?」
アランは画面を見つめた。
「今までの事件とは別に、もう一つ大きな情報操作が始まっています」
「内容は?」
アランの表情が険しくなる。
「連邦が核融合や新技術を利用して、世界のエネルギー市場を支配しようとしているという情報です」
ヴィクターが黙る。
アランは続けた。
「軍事だけではありません」
「経済、エネルギー、外交……すべての面から連邦を危険な国家に見せようとしている」
エリアスが呟いた。
「つまり、戦争の大義名分を作るだけじゃない」
「はい」
アランが答える。
「世界に『連邦は危険だ』と思わせるための準備です」
ヴィクターは窓の外を見る。
世界中で、まだ知らないうちに情報が書き換えられていく。
そして、その情報を信じた人々が、次第に連邦を敵として見るようになっていく。
銃弾よりも見えにくい攻撃だった。
しかし、その影響は銃弾よりも広く世界へ広がっていた。




