二の矢
アリアの事件から一週間。
連邦では、事件の真相を探るための調査が続いていた。
アランのAIによって復元された通信記録から、犯人とCIA関連施設の接点が見つかったことで、ヴィクターはアメリカ政府への警戒を強めていた。
しかし、決定的な証拠がない以上、連邦が公にアメリカを非難することはなかった。
ヴィクターもまた、報復を口にしながら、先に軍を動かすことだけは避けていた。
そんな中、連邦周辺国で事件が起きた。
連邦と国境を接する小国で、政府関係施設が武装勢力によって襲撃されたのだ。
死者も出ていた。
「連邦軍の仕業だ!」
武装勢力側は、そう主張した。
しかし、連邦政府は即座に否定した。
「我が軍は関与していない」
エリアスのもとに緊急報告が入る。
「事件の詳細を調べろ」
「すでに情報部が動いています」
数時間後、追加の報告が届いた。
「奇妙なことが分かりました」
「何だ?」
「襲撃に使われた武器の一部が、数年前に別の地域で確認されたものと一致しています」
エリアスが資料を見る。
「出所は?」
「まだ特定できません」
「続けて調べろ」
エリアスは資料を閉じた。
しかし、その直後だった。
別の報告が入ってくる。
「エリアスさん、もう一件です」
「何だ?」
「隣国との国境付近で、武装勢力の活動が確認されています」
「規模は?」
「まだ不明です。ただ……」
担当官が言葉を濁す。
「何だ?」
「今回の襲撃事件が起きた直後から、活動が活発化しています」
エリアスの表情が変わった。
一つの事件なら偶然かもしれない。
しかし、その直後に別の動きが始まっている。
「監視を強化しろ」
「はい」
その頃、国際社会では別の情報が流れ始めていた。
「連邦共和国が周辺国への軍事介入を準備している」
そんな報道が、複数の国でほぼ同時に流れ始めた。
エリアスは画面を見つめていた。
「……早すぎる」
ヴィクターが顔を上げる。
「何がだ?」
「事件が起きてから、まだ数時間しか経っていません」
エリアスは画面を指差した。
「なのに、もう連邦が軍事行動を準備しているという情報が世界中に流れています」
ヴィクターは黙って画面を見る。
さらに別の報道が表示された。
「連邦軍が国境付近に部隊を集結させている」
「アリア暗殺への報復を検討している」
「周辺国への軍事介入が近い」
次々と情報が流れていく。
「我々は部隊を集結させていない」
ヴィクターが言う。
「分かっています」
エリアスは答えた。
「だからこそ、おかしいんです」
その時、アランから連絡が入った。
「エリアス、ヴィクター」
「どうした?」
「少し確認してもらいたいことがあります」
モニターに新しい情報が表示される。
「事件発生から報道が始まるまでの時間を分析しました」
アランが説明する。
「通常の報道より、明らかに早い」
「どれくらいだ?」
「事件の詳細が現地から正式に発表される前に、複数の海外メディアが『連邦による軍事介入の可能性』を報じています」
ヴィクターの目が細くなる。
「つまり……」
「誰かが、事件が起きた直後にはすでに情報を用意していた可能性があります」
室内に沈黙が落ちた。
アリアの暗殺。
その直後に起きた周辺国への襲撃。
そして、まるで待っていたかのように広がる連邦への非難。
ヴィクターは資料を見つめた。
「……二の矢か」
エリアスが頷く。
「私もそう考えています」
「アリアの事件だけでは、我々を動かせなかった」
エリアスが続ける。
「だから次は、周辺国を使って我々に軍事行動の理由を与えている」
ヴィクターは答えなかった。
その夜、連邦議会でも緊急協議が行われた。
「隣国が攻撃された!」
「我々の安全保障にも関わる!」
「軍を出すべきだ!」
議員たちの声が飛び交う。
しかし、反対する議員もいた。
「誰が攻撃したのか分かっていない!」
「証拠もないのに軍を動かすのか!」
「アリアの事件もある。感情に任せて動けば、それこそ相手の思うつぼだ!」
議場は激しく対立した。
やがて、一人の議員が叫ぶ。
「議長! このまま何もしなければ、次は我が国が攻撃されます!」
ヴィクターは立ち上がった。
「だからこそ、今は動かない」
議場が静まる。
「犯人が誰なのか分からない以上、軍事行動は取らない」
「しかし――」
「我々が先に動けば、相手の思うつぼかもしれない」
その言葉に、議場が静まり返った。
会議終了後。
執務室に戻ったヴィクターとエリアスは、しばらく黙っていた。
「ヴィクター」
「何だ?」
「今回の事件……アリアの事件と似ていると思いませんか?」
ヴィクターが振り返る。
「何がだ?」
「こちらを怒らせるように仕向けている」
エリアスは一つずつ言葉を重ねた。
「アリアの暗殺」
「そして今回の周辺国への攻撃」
「さらに、その直後に世界へ流れた『連邦が攻撃を準備している』という情報」
エリアスはヴィクターを見る。
「全部、我々が軍事行動を取る方向へ繋がっています」
ヴィクターは答えなかった。
そこへアランが入ってきた。
「二人とも、もう一つ確認してほしいものがあります」
アランがモニターを起動する。
そこには、アリアの事件と今回の襲撃事件を関連付けた解析結果が表示されていた。
「AIに両方の事件を分析させました」
「結果は?」
「偶然として処理するには、いくつかの共通点があります」
アランが画面を切り替える。
資金の流れ。
武器の流通経路。
関係者の移動。
そして、事件後に急激に拡散された情報。
「完全に同じ組織だとは断定できません」
アランは慎重に言った。
「ですが、背後に同じ情報網が存在する可能性があります」
ヴィクターは画面を見つめる。
アリアの死。
今回の襲撃。
そして、世界中に広がる連邦への疑惑。
「……俺たちを戦争に引きずり込もうとしている」
ヴィクターが呟いた。
エリアスが頷く。
「私も、そう考えています」
ヴィクターは拳を握った。
アリアを殺されても耐えた。
周辺国で事件が起きても耐えた。
だが、次も同じとは限らない。
それでもヴィクターは、軍事行動を命じなかった。
「相手の狙いが戦争なら……」
ヴィクターは静かに言った。
「俺たちは、その思い通りには動かない」
その頃、アメリカのある施設では、一人の男が報告を受けていた。
「連邦は動かなかったか」
「はい」
男はしばらく黙った。
机の上には、連邦議会の映像が映し出されている。
「ヴィクターは慎重だな」
「次はどうしますか?」
男は画面を消した。
「まだ二の矢だ」
「……二の矢?」
「ああ」
男は資料を閉じる。
「一つ目で感情を揺さぶる」
「二つ目で軍事的な理由を与える」
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「それでも動かないなら――」
男は続けた。
「三つ目は、連邦自身が無視できないものにする」
その言葉とともに、別の作戦が動き始めていた。
連邦はまだ知らない。
二の矢は、単なる襲撃事件ではなかった。
本当の目的は、連邦に「攻撃する理由」を与えること。
そして、その先に待っている三の矢は――。
これまでとは比較にならないほど大きな危機だった。




