軍事侵攻
中東のある国では、以前からアメリカとの関係が冷え切っていた。
反米姿勢を強める政権に対し、アメリカ政府はついに軍事作戦を開始した。
目的は、反米政権の打倒。
しかし、その裏にはもう一つの思惑があった。
近年、急速に結束を強めている連邦。
経済協力によって周辺国との関係を広げ、技術や産業への支援を進めている。
このまま連邦の勢力圏が拡大すれば、アメリカにとって無視できない存在になる。
今回の軍事行動には、反米政権を排除するだけでなく、まとまりつつある連邦に対して、自らの軍事力を示し、牽制する意味も含まれていた。
アメリカ軍は圧倒的な軍事力を背景に、主要な軍事施設や指揮拠点を攻撃した。
電撃的に作戦を終える。
当初は、そう見られていた。
しかし、侵攻を受けた国は予想を上回る抵抗を見せた。
ミサイルや無人機による反撃が始まり、戦闘は次第に周辺地域へ広がっていった。
各国に展開するアメリカ軍の基地も攻撃を受け始める。
中東各国は混乱した。
アメリカとの安全保障関係を維持する国は、アメリカ軍への攻撃を批判しながらも、自国領土が戦場になることを警戒した。
別の国は軍事行動の拡大に懸念を示し、停戦と外交による解決を求めた。
また、アメリカと反米陣営の双方と関係を持つ国は、双方への働きかけを始めた。
それぞれの国が、自国の利益と安全を守るために動き始めていた。
そして、連邦が治安維持活動を行っている国にも攻撃が及んだ。
連邦中枢に緊急報告が入る。
「専門官から報告です」
エリアスが顔を上げる。
「連邦が治安維持活動を行っている国にも攻撃が始まっています」
「被害は?」
「現時点では限定的です。しかし、現地政府からは防衛支援を求める声が上がっています」
「周辺国は?」
「対応は割れています。アメリカとの関係を維持しながら、戦争への巻き込まれを避けようとしている国もあります」
専門官は続ける。
「一方で、アメリカの軍事行動を批判し、外交による解決を求めている国もあります」
エリアスは資料を閉じた。
「連邦議会で議論する」
数時間後。
連邦議会には七カ国の代表が集まっていた。
議場には、中東各国から届いた最新の報告が並べられている。
「我が国も攻められるかもしれん!」
「隣国はすでに攻撃を受けている!」
「だからこそ、今のうちに叩くべきだ!」
「無用な戦闘はするべきではない!」
「我々が何もしなければ、次は連邦そのものが狙われるぞ!」
議論は激しくぶつかり合った。
そして、その言葉の一つ一つがヴィクターの胸に突き刺さっていた。
アメリカ。
過去に連邦と戦火を交えた相手。
その戦争で失ったものを、ヴィクターは忘れていなかった。
表向きは関係改善を進めてきた。
だが、遺恨が完全に消えたわけではない。
それどころか、今回の軍事行動を見ていると、かつての記憶が蘇ってくる。
「今なら、やれる」
そんな思いが一瞬、ヴィクターの中をよぎった。
連邦には圧倒的な軍事技術がある。
もし攻撃を受ける前に、こちらから叩けば――。
しかし、その考えをヴィクター自身が打ち消した。
これは感情で決めていい問題ではない。
自分の判断で、何千、何万という人間の命が変わる。
やがてヴィクターがエリアスを見る。
「エリアス」
「はい」
「AIはどう言っている?」
議場が静まった。
エリアスは端末を確認する。
「現在の戦力差、衛星情報、敵側の戦力配置などを総合して解析させています」
「結果は?」
エリアスは一瞬だけ間を置いた。
「攻めれば、殲滅できると回答しています」
議場にざわめきが広がった。
ヴィクターは目を閉じた。
勝てる。
その答えは、予想していた。
だが、勝った後に何が残るのか。
連邦は周辺国との関係を築き始めたばかりだった。
ここで軍事行動に踏み切れば、これまで積み上げてきた外交努力が崩れる可能性がある。
そして何より、アメリカの狙いが見え始めていた。
連邦を戦争へ引きずり込み、周辺国との関係を揺さぶる。
もし、それがアメリカの狙いなら――。
ヴィクターはゆっくりと立ち上がった。
「みなさま」
議場が静まる。
「今回は、結論保留とさせていただきたい」
強硬派の議員が声を上げる。
「しかし、隣国はすでに攻撃を受けている!」
「分かっている」
ヴィクターは答えた。
「私も、攻撃したいと思っている」
議場が静まった。
エリアスも顔を上げる。
「過去のことを忘れたわけではない。あの戦争で失ったものも、私は覚えている」
ヴィクターは拳を握った。
「だからこそ、感情で決めてはいけない」
しばらく沈黙した後、ヴィクターは続ける。
「当面、ミサイルの飛来時には迎撃する」
そして、はっきりと言った。
「こちらから進攻はしない」
「我々には、攻撃する能力がある」
ヴィクターは議員たちを見渡す。
「AIの答えも聞いた。戦えば勝てることも理解している」
それでも、表情には迷いが残っていた。
「だが、勝てるから戦うという判断はしない」
ヴィクターは一度、深く息を吐いた。
「アメリカが何を考えているのか、まだ見極める必要がある」
エリアスが静かに頷く。
「連邦がまとまり始めた今、我々を戦争へ引きずり込もうとしている可能性もあります」
「そうだ」
ヴィクターは答えた。
「ならば、こちらからその思惑に乗る必要はない」
議場に沈黙が広がった。
「我々は守る」
ヴィクターは最後に告げた。
「それ以上のことは、状況を見て判断する」
「以上です」
その日の連邦議会では、軍事介入は決定されなかった。
しかし、ヴィクターの胸の中にある迷いが消えたわけではない。
戦えば勝てる。
過去の遺恨もある。
そして今、連邦の周辺国まで攻撃を受けている。
それでもヴィクターは、戦わないという決断をした。
それが正しいのか。
まだ、誰にも分からなかった。




