それぞれの戦い
連邦では、周辺国への外交努力が本格的に始まっていた。
技術協力、産業支援、インフラ整備、治安維持協力。
各国が抱える事情に合わせて支援策を提示し、経済と安全保障の両面から関係を深めていく。
ヴィクター自身も各国の首脳や代表との会談を繰り返していた。
朝から晩まで予定が埋まり、移動中にも報告書へ目を通す。
会議が終われば次の会議。
外交文書に目を通した直後には、別の国から届いた緊急案件への対応が待っている。
目が回るほどの忙しさだった。
ほとんど家に帰ることもできなくなっていた。
エリアスも、その状況を心配していた。
「大統領、少し休まれてはいかがですか」
「大丈夫だ」
「そうおっしゃって、何日まともに眠っていません?」
ヴィクターは苦笑した。
「……数えていないな」
エリアスはため息をついた。
「アリアさんも心配しているでしょう」
ヴィクターは一瞬、言葉を止めた。
「そうだろうな」
そして、もう一つ頭に浮かんだ顔があった。
娘のヌール。
ここ最近、まともに顔を合わせていない。
帰宅した時にはすでに眠っている。
朝早く出れば、まだ起きていない。
声を聞くことすらできない日もあった。
それでも、ヴィクターは仕事を止めることができなかった。
今、世界は大きく変わろうとしている。
アメリカとの経済戦争。
新安共和国と東方カンパニーの台頭。
そして、地球エネルギーという新たな技術。
一歩判断を誤れば、再び世界が大きく揺れる可能性がある。
だからこそ、今やらなければならない。
「エリアス」
「はい」
「私は、ヌールに同じ世界を残したくない」
エリアスは黙ってヴィクターを見る。
「争いが起きるたびに、子供たちが巻き込まれる。そんな世界を、あの子に残したくない」
ヴィクターは机の上に置かれた次の外交資料を手に取った。
「だから、今は働く」
短い言葉だった。
疲労は隠しきれない。
それでも、その目には迷いがなかった。
子供たちが生きる未来のために。
揉め事の少ない世界を残すために。
ヴィクターは再び仕事へ戻った。
その頃、新安共和国とアメリカの共同研究施設では、別の動きが起きていた。
地球エネルギーの共同研究は、いよいよ最終段階に入っていた。
研究施設では昼夜を問わず研究員が動き続けている。
これまで積み重ねてきたデータが、最終的な検証段階へと移されていた。
研究室の大型モニターには、膨大な観測データが表示されている。
研究員の一人が画面を見つめる。
「……あと少しです」
誰も答えなかった。
この研究が成功すれば、世界のエネルギー事情そのものが変わる。
そして同時に、世界の力関係も変わる。
連邦が外交によって新たな勢力圏を築こうとしている一方で、新安とアメリカは、次の時代を決定づける技術の完成へ近づいていた。
世界は、それぞれの場所で静かに動き始めていた。
そして、その先に待つものを知る者は、まだ誰もいなかった。




