禁断の研究
新安共和国、研究施設。
東方カンパニーが管理する施設群の中でも、最も厳重な警備が敷かれた区域。その地下深くにある遺伝子研究棟では、地球エネルギーの人体への影響を調べる極秘研究が行われていた。
超進化体、100万人に1人の確率で発生する異常個体の研究から、遺伝子のどの分野に地球エネルギーが作用するのかが徐々に明らかになってきた。
筋力、反射速度、細胞修復能力、神経伝達、さらには知能や情報処理能力。個体によって現れる変化は異なるが、それぞれに一定の傾向があることが判明していた。
一方で、能力の発現には副作用も伴う。
細胞の異常増殖や免疫系の変化、神経系への過度な負荷。能力が強く発現するほど、身体そのものが耐えられなくなるケースも確認されていた。
そのデータを前に、一人の研究員が政府高官へ進言する。
「この実験は、あまりにも非人道的です。中止を具申します」
政府高官は、画面に並ぶデータを見つめたまま答えた。
「我々がイニシアチブを握るためだ。続けろ」
研究員が顔を上げる。
「しかし、このままでは――」
「それだけの報酬も出している」
「っ……」
政府高官は淡々と続ける。
「地球エネルギーは、これから世界を変える。我々が先にその力を理解し、使いこなさなければならない」
研究員は言葉を失った。
この研究が単なる医学研究ではないことは、すでに明白だった。
新安政府が求めているのは、地球エネルギーの利用法だけではない。
その力によって、人間そのものを変える可能性だった。
そして、その考えを決定的にした出来事があった。
先のアメリカで確認された「アンノウン脅威」。
通常の兵器体系では対処が困難な存在を目の当たりにし、新安政府内部では新たな軍事構想が検討され始めていた。
兵器をさらに強力にする。
それだけではない。
兵器そのものを必要としない戦力を作り出す。
超進化体を戦場に投入し、敵国の地上戦力を突破する。
重要施設を制圧し、指揮系統を寸断する。
そして、国家の中枢を直接押さえる。
それは、従来の戦争とはまったく異なる発想だった。
ミサイルでもない。
戦車でもない。
核兵器でもない。
生身の人間そのものを、極限まで強化する。
研究員は、モニターに表示された一人の被験体のデータを見つめていた。
そこには、人間としての姿を保ちながら、通常ではあり得ない数値を示す生命体が映し出されている。
その能力が戦場で発揮されたなら、既存の軍事常識そのものが崩れる可能性があった。
研究員が小さく呟く。
「……我々は、何を作ろうとしているんだ」
誰も答えなかった。
研究棟のさらに奥。厳重な隔壁の向こうでは、次の実験の準備が進められていた。
新安共和国は、地球エネルギーの研究から一歩踏み込み、人類そのものを変える研究へと手を伸ばしていた。
そして、その研究成果を軍事利用するという選択肢が、現実のものになりつつあった。
その事実を知る者は、まだ世界にほとんどいなかった。




