異変と亀裂
連邦の中枢。
量子コンピュータと接続されたAIが、世界各地から集められた情報を解析していた。
突然、警告音が鳴った。
「異常を検知しました」
エリアスが顔を上げる。
「何だ?」
「地球磁場に通常とは異なる揺らぎが発生しています」
「発生地点は?」
「ハワイ周辺です」
アランがモニターを確認する。
「自然現象ではないのか?」
「現時点では断定できません。しかし、通常観測されている地磁気変動とは異なるパターンです」
AIが続ける。
「監視衛星から取得した情報との照合を開始します」
複数の衛星映像と観測データが画面に並んだ。
ハワイ周辺。
そして、その地域に建造された巨大な研究施設。
アランが眉をひそめた。
「東方カンパニーとアメリカの共同研究施設です」
エリアスが画面を見つめる。
「何をしている?」
「施設周辺で大規模なエネルギー変動を確認。過去の観測データとの比較から、地球エネルギー関連の実験が行われた可能性があります」
ヴィクターが静かに口を開いた。
「つまり……」
エリアスが答える。
「おそらく、地球エネルギーの開発で大きな進展があったのでしょう」
アランが続ける。
「まだ実用化までには時間がかかると思われます。しかし、もし実証段階を突破したのであれば……」
ヴィクターは答えなかった。
エリアスが立ち上がる。
「議会を招集、至急だ」
数時間後。
連邦議会の本会議場には、七カ国の代表が集まっていた。
大型スクリーンには、ハワイ周辺で観測された地磁気変動と衛星画像が映し出されている。
議場はざわめいていた。
エリアスが壇上に立つ。
「現時点で確定した情報ではありません」
議場が静まる。
「しかし、我々のAIによる解析、監視衛星からの情報、過去の観測データを総合すると、ハワイ周辺で東方カンパニーとアメリカによる地球エネルギー関連の大規模な実験が行われた可能性が高い」
議員の一人が声を上げる。
「つまり、地球エネルギーの実証に成功したと?」
「そこまでは断定できません」
エリアスは答えた。
「ですが、開発が大きく前進した可能性は極めて高い」
議場の空気が変わった。
強硬派の議員が立ち上がる。
「ならば、こちらも対抗措置を取るべきではないか!」
議場が一気に騒がしくなる。
「アメリカはすでに我々に50パーセントの関税を課している!」
「新安もアメリカとの技術提携を進めている!」
「このまま黙って見ているのか!」
しかし、別の議員が反論した。
「だからこそ、軍事的な緊張を高めるべきではない!」
「経済戦争を仕掛けられているのはこちらだ!」
「感情で動けば、相手の思う壺だ!」
議場が二つに割れ始めた。
そこへ別の議員が口を挟む。
「そもそも、新安と距離を置くこと自体が簡単ではない!」
議場が静まる。
「連邦内の各国にも東方カンパニーの施設がある。製造拠点、物流拠点、研究施設……すでに我々の経済に組み込まれている国もある」
別の議員が続ける。
「新安との関係を悪化させれば、東方カンパニーとの取引にも影響が出る」
「我々の国だけではない!」
「どの国にも程度の差こそあれ、影響は出る!」
議場から次々と声が上がった。
エリアスはその様子を静かに見ていた。
やがて手を上げる。
「皆さんの懸念は理解しています」
議場が静まる。
「新安と距離を置くことで生じるデメリットは、確かに存在します」
エリアスは続けた。
「連邦内の各国にも東方カンパニーの施設がある。だからこそ、単純に関係を断つという選択肢は現実的ではありません」
ヴィクターが口を開く。
「では、どうする?」
エリアスは議場全体を見渡した。
「我々自身が、他国から必要とされる存在になればいい」
「具体的には?」
エリアスは答える。
「産油国には産業を」
議場の空気が変わる。
「技術後進国には技術を」
そして、最後に言った。
「政情不安定国には安定を」
エリアスは一歩前へ出た。
「我々が与えましょう」
議員の一人が尋ねる。
「具体的に何をする?」
エリアスが資料を表示する。
「まず、産油国です」
世界地図が表示された。
「石油に依存している国には、石油以外の産業を育ててもらう。連邦企業による工場建設、インフラ整備、技術者の派遣。石油価格が下がっても外貨を稼げる産業基盤を作る」
次の資料が表示される。
「次に、技術後進国です」
「必要な分野の技術を提供する。技術者を育成し、現地に工場を作る。共同事業として技術移転を進め、その国自身が産業を維持できるようにする」
アランが補足する。
「単なる技術供与ではなく、人材育成まで含めるわけですね」
「その通りです」
エリアスは頷いた。
「そして最後が、政情不安定国です」
議場が静かになる。
「ここには経済支援だけでは足りません」
エリアスは資料を切り替えた。
「インフラ整備、行政機構の立て直し、警察や軍の能力向上。そして、必要であれば現地政府の要請を受けて、我々の治安維持部隊を派遣します」
議員の一人が反応する。
「軍を派遣するのか?」
「必要であれば、です」
エリアスは答えた。
「重要施設の警備、武装勢力の封じ込め、治安回復を支援する」
そして続ける。
「ただし、我々がその国を支配するわけではありません。治安が回復し、自国の政府と軍、警察だけで国を維持できるようになれば、段階的に撤収する」
議員たちが互いに顔を見合わせる。
エリアスは三つの資料を並べた。
「産業には産業を」
「技術には技術を」
そして最後に。
「不安定には安定を」
エリアスは議場を見渡した。
「我々が提供するのです」
ヴィクターが尋ねる。
「それで何を得る?」
「信頼です」
エリアスは即答した。
「そして、長期的な経済関係です」
「工場を作れば、我々の企業が進出する。技術を提供すれば、共同研究が始まる。インフラを整備すれば、物流が生まれる。治安が安定すれば、人と企業が動き始める」
エリアスは続けた。
「その結果、貿易が増え、人が行き来し、企業同士の関係が生まれる」
「軍事同盟を結ばなくても、簡単には離れられない関係になるということか」
「はい」
エリアスは頷いた。
「それこそが我々の目指す経済圏です」
強硬派の議員が腕を組む。
「しかし、それには莫大な費用がかかる」
「当然です」
エリアスは即答した。
「ですが、何もしなかった場合の損失も考えてください」
エリアスは議場を見渡した。
「新安とアメリカが巨大な経済圏を作り、我々がその外側に取り残された場合、将来的に支払う代償は今よりはるかに大きくなる」
ヴィクターが静かに頷いた。
「先行投資というわけか」
「その通りです」
エリアスは答えた。
「世界が変わってから動くのでは遅い。変化を察知した今だからこそ、動くのです」
ヴィクターが立ち上がる。
「やろう」
議場が静まる。
「産油国には産業を」
「技術後進国には技術を」
「政情不安定国には安定を」
ヴィクターはエリアスの言葉を繰り返した。
「我々が与える。その代わり、共に発展する」
そして最後に議場へ向けて言った。
「友好国を増やせ。連邦という枠を越え、我々と共に歩む国を増やす」
エリアスが頷く。
「これが、我々の経済戦争への答えです」
議場には、先ほどまでとは違う静けさが広がっていた。
軍事力を振りかざすのではない。
しかし、必要な場所には軍事力も投入する。
経済、技術、そして治安。
連邦が持つ力を組み合わせ、世界との結びつきを増やしていく。
その戦略が、連邦の新たな外交政策として動き始めた。
そしてその頃、新安の研究所では、ある実験が完成していた。




