アメリカからの提案
会談は、地球エネルギーの共同研究を巡る話へと移っていた。
アメリカ側の代表は、慎重に言葉を選びながら説明を続ける。
「ご存知の通り、我々は一度、連邦共和国との戦争で手痛い敗北を経験しています」
黒崎は静かに相手を見る。
「それで、こちら側と手を組みたいと?」
代表は首を横に振った。
「いえ。まずは、民と民の交流からです」
「民と民?」
「国家同士がいきなり関係を変えるのは難しい。しかし、企業同士、研究者同士であれば交流を始めることはできる」
代表は地球エネルギーに関する資料へ手を置いた。
「その最初の一歩として、地球エネルギーの共同研究を提案します」
黒崎は資料に目を落とした。
「地球エネルギーはこちら独自の研究です」
「承知しています」
「共同研究となれば、大半の研究成果をそちらに提供することになる。その対価は何をお考えですか?」
アメリカ側の代表は一度、資料を確認した。
「研究施設、研究資金、技術者の派遣。そして、我々が保有する既存のエネルギー関連技術と研究データの提供を考えています」
黒崎は黙って聞いていた。
「さらに、アメリカ企業との長期的な取引についても、優遇措置を検討します」
「それだけですか?」
代表が言葉を止める。
「地球エネルギーは、まだ実証段階だ。しかし、成功すれば世界のエネルギー構造そのものを変える可能性がある」
黒崎は淡々と続けた。
「その研究成果の大半を提供する。それに対して、研究施設と資金だけでは釣り合わないでしょう」
「……我々も、その点については再検討する必要があると考えています」
「ならば、今日はここまででいい」
黒崎は資料を閉じた。
「こちらも新安共和国と協議する必要がある。地球エネルギーは東方カンパニーだけの問題ではない」
「分かりました」
アメリカ側の代表が立ち上がる。
「本日は貴重なお時間をありがとうございました」
「こちらこそ」
代表団が会議室を出ていく。
扉が閉まると、部屋の空気が変わった。
先ほどまでの外交的な緊張が薄れ、黒崎陣営と東方カンパニー経営陣だけが残る。
黒崎は椅子に座ったまま、先ほどの資料を見つめていた。
「……アメリカは、地球エネルギーについてかなり調べているな」
「ええ」
経営陣の一人が答える。
「独自に情報を集めているようです」
黒崎は少し考えた。
「遺伝子分野までは漏れていないな?」
「はい。そこは完全に情報統制しています」
黒崎が顔を上げる。
「どうしている?」
「研究員は外界との接触を一切禁じています。研究棟そのものを独立した生活空間として整備し、研究員は基本的にそこで生活しています」
「外部との連絡は?」
「厳重に管理しています。研究内容について外部へ情報が流れる経路もありません」
担当者は続けた。
「その分、研究員への報酬や福利厚生、居住施設、研究設備などは十分に整えています。研究に集中できる環境を維持しています」
黒崎は頷いた。
「そうか」
そして、経営陣へ視線を向ける。
「経営者層には、研究員に不満が出ないよう細心の注意と配慮をお願いするよ」
「承知しました」
「待遇だけじゃない。研究員が安心して研究できる環境そのものを守ってくれ」
「はい」
黒崎は窓の外へ視線を移した。
地球エネルギーは、すでに世界の目に触れ始めている。
しかし、その奥にある遺伝子研究については、まだ誰も知らない。
地球エネルギーだけでも、世界のエネルギー事情を変える可能性がある。
そのさらに奥では、人類そのものを変えるかもしれない研究が進んでいた。
黒崎は小さく息を吐いた。
「……秘密は、秘密のままにしておく必要があるな」
会議室に、静かな沈黙が落ちた。
東方カンパニーが抱える秘密は、また一つ深いところへ隠された。




