静かな情報戦
連邦政府中枢。
エリアス大統領とアランは、最新の情報を前に向かい合っていた。
連邦にも、アメリカの諜報員が入り込んでいる。
その存在を、連邦側はすでに把握していた。
それでも、あえて排除してはいなかった。
「大統領、アメリカの諜報員をなぜ放置するのですか?」
アランが尋ねる。
エリアスは画面から目を離さずに答えた。
「情報を掴ませておく方が、抑止にもなるだろう。本当に隠さなければならない重要機密さえ守れれば問題ない」
「つまり、我々が何を見せているのかを、こちらで管理するということですか?」
「そういうことだ」
エリアスは静かに続けた。
「相手が何も知らないより、ある程度の情報を持っている方が、こちらの力を正しく認識させられる場合もある」
アランは納得したように頷いた。
「なるほど」
エリアスは資料を切り替えた。
「それより、昨今の経済戦争の方はどうだ?」
アランは少し困ったような表情を浮かべた。
「そちらは専門ではないのでねぇ」
そして、資料を確認する。
「ただ、事実から申し上げますと、アメリカに比べて経験や信頼関係が圧倒的に不足しているのが実情とのことです」
「やはりか」
連邦には七カ国による強固な経済圏がある。
さらに核融合、量子コンピュータ、高度AIといった技術はすでに実用化され、連邦の産業と社会を支えている。
技術力だけを見れば、世界の先端を走っている。
しかし、アメリカには長年にわたって世界各国と築いてきた経済関係がある。
巨大な市場。
金融。
企業間の取引。
そして長年積み重ねてきた国際的な信用。
その差は、決して小さくなかった。
「そうか」
エリアスは短く答えた。
「AIはどういう結果を算出している?」
アランが画面を操作すると、連邦の量子コンピュータと高度AIによって算出された複数のシミュレーションが表示された。
「自国は守れる、と」
「自国は?」
「我が国、そして連邦内であれば、強固な経済圏があります。多少の影響が出るでしょうが、そこまで大きなパニックにはならないと出ています」
エリアスは画面を見つめた。
「しかし、新安の方では問題が起きる可能性があると言っています」
「新安か」
「はい」
アランは新安共和国の経済構造を表示した。
「新安共和国は、東方カンパニーの影響力が非常に強い。実質的に東方カンパニーによって支えられている国家です」
エリアスは黙って聞いていた。
「主要な産業基盤も東方カンパニーとの関係が深く、さらにアメリカ企業も主要な顧客として存在しています」
「つまり、アメリカとの経済関係が切られれば、新安への影響が大きい」
「その可能性があります」
アランは続けた。
「特に注意すべきなのは、地球エネルギーです」
エリアスが顔を上げる。
「まだ実証段階です」
「一般には普及していない」
「その通りです。現時点では商用エネルギーとして新安の経済を支えているわけではありません」
アランは画面を切り替えた。
「ただし、実証が成功した場合の将来的な影響は、AIでも予測幅が大きすぎます」
「まだ未知数ということか」
「はい」
アランは少し間を置いた。
「だからこそ、アメリカも警戒している可能性があります」
エリアスは腕を組んだ。
「連邦には核融合がある。新安には、まだ実証段階の地球エネルギーがある」
「そして東方カンパニーが、その新安を支えている」
「三者とも、強みが違うわけだ」
「そういうことです」
エリアスは再び画面を見つめた。
「新安への影響は?」
「アメリカの関税が本当に100パーセントで実施された場合、新安の企業活動や輸出入に大きな影響が出る可能性があります」
「東方カンパニーなら吸収できるのではないか?」
「ある程度は可能でしょう。しかし、アメリカ企業との取引が大きい以上、完全に無傷というわけにはいきません」
エリアスはしばらく考えた。
「そこはこちらからは動くことができないな」
「はい」
「連邦が直接支援すれば、アメリカとの対立がさらに深くなる」
「その可能性があります」
エリアスは椅子に深く腰を下ろした。
「ならば、今は動かない」
そして、アランを見る。
「あらゆる想定をシミュレーションしておいてくれ」
「どこまでです?」
「アメリカが関税を実施した場合。新安への影響。東方カンパニーの対応。連邦への二次的な影響。そして、アメリカがさらに追加措置を取った場合もだ」
アランは頷いた。
「わかりました、大統領」
「それと、軍事的なエスカレーションまで含めておけ」
アランが少しだけ目を見開く。
「そこまで?」
「可能性が低くても、ゼロではない」
「承知しました」
アランは資料をまとめ、部屋を後にした。
一人になったエリアスは、モニターに映る世界経済のデータを見つめていた。
アメリカには巨大な市場と、長年築き上げてきた国際的な経済関係がある。
連邦には、実用化された核融合、量子コンピュータ、高度AI、そして七カ国による強固な経済圏がある。
そして新安共和国には、東方カンパニーという巨大な産業基盤があり、その地下では、まだ誰もその全貌を理解できていない地球エネルギーの研究が進んでいる。
地球エネルギーは、まだ世界を変えてはいない。
だが、もし実証が成功すれば――。
その瞬間、世界の勢力図そのものが変わる可能性がある。
エリアスは静かに画面を見つめた。
世界は、まだ動いていない。
しかし、水面下では確実に変化が始まっていた。
経済。
技術。
情報。
そして、その先にある国家の思惑。
次にどこが動くのか。
誰もが、静かに相手の出方を待っていた。




