揺れる二つの陣営
アメリカが、連邦、新安共和国、東方カンパニーからの輸入品に対して最大100パーセントの関税を課す可能性があると声明を発表した。
その報は、瞬く間に世界を駆け巡った。
東方カンパニーの中枢でも、緊急の報告が黒崎のもとへ届けられていた。
「アメリカが関税を100パーセントにすると声明を発表しました」
黒崎は手元の資料から顔を上げる。
「ほっとけ」
「しかし、これは明らかな敵対行為です」
黒崎は少し考えた。
「経済に対する影響力は、あちらの方が上か……」
一度、資料へ視線を戻す。
「警戒だけはすることにしようか。報復関税については、まだ声明は出すな」
「かしこまりました」
黒崎はそれ以上、何も言わなかった。
怒りに任せて動く必要はない。
経済戦争は、感情で戦うものではない。
相手の出方を見極め、こちらが最も有利な位置を取る。
それが黒崎の考えだった。
一方、ヴィクター率いる連邦でも事態は大きく動いていた。
連邦七カ国の議会では、アメリカの関税100パーセントという声明を受け、緊急の協議が行われていた。
各国の代表から、次々と意見が飛び交う。
「報復関税だ!」
「いや、まだ様子を見るべきだ」
「しかし、100パーセントだぞ。こちらだけ何もしないわけにはいかない」
「経済への影響を考えろ。すぐに対抗措置を取れば、さらに事態が悪化する可能性がある」
「まさか、これが軍事侵攻にまでつながることはないだろう」
議場は騒然としていた。
ヴィクターは、その様子を静かに見つめていた。
連邦議会議長として、感情で判断することは許されない。
アメリカとの関係をこれ以上悪化させたくない。
しかし、議長として連邦七カ国の決定には従わなければならない。
それが自分の立場だった。
だが、ヴィクターには個人的な事情もあった。
妻のアリアはアメリカ出身だった。
二人とも、それぞれの国や過去に複雑な思いを抱えている。
だからこそ、できることなら事を荒立てたくなかった。
その夜。
ヴィクターが家へ戻ると、アリアが静かに彼を迎えた。
腕の中には、まだ幼いヌールがいる。
ヴィクターは娘の顔を見つめた。
その小さな顔には、政治も国境も関係ない。
ただ、家族としての穏やかな時間があった。
アリアが小さく口を開いた。
「ごめんね」
ヴィクターは首を横に振った。
「君が謝ることはない」
アリアは少しだけ微笑んだ。
「あなたは連邦議会議長なんだから」
そして、ヌールへ視線を落とす。
「職務を全うしてください」
ヴィクターは何も言わず、娘の小さな手を見つめた。
やがて、ヌールが何も知らないまま、にこっと笑った。
ヴィクターも、わずかに笑みを浮かべる。
世界では、大国同士の思惑が交錯している。
経済も、技術も、国家の立場も大きく揺れ始めていた。
それでも、この小さな家の中だけは違った。
ヌールの笑顔を見つめながら、ヴィクターは静かに思った。
この子が生きる未来だけは、争いのない世界であってほしい。
その願いを胸に、夜は静かに更けていった。




