空飛ぶ空母
ヴィクターの国。その中心部にある研究施設では、深夜になっても明かりが消えることはなかった。
巨大な格納庫の中央に、一隻の巨大な機体が鎮座している。
船に似ている。
だが、船ではない。
地上から離れ、空を航行するために設計された巨大な航空母艦だった。
ヴィクターは、その異様な姿を見上げていた。
隣には技術開発を担うアランが立っている。
「できました」
「何が?」
「航空母艦です」
ヴィクターが眉をひそめる。
「船?」
「いえ」
アランは淡々と答えた。
「簡単に言えば、空飛ぶ空母です」
ヴィクターはしばらく言葉を失った。
巨大な船体の内部には、通常の航空母艦には存在しない設備が並んでいる。
その中心部には、この機体を動かすための中枢システムが存在していた。
「……君の技術には、言葉が出ないな」
「ありがとうございます」
アランは平然としていた。
「それに、この機体には技術院で使用されているものと同等性能の量子コンピュータを搭載しています」
ヴィクターが振り返る。
「技術院と同じ?」
「はい」
「ということは……」
「搭載AIも同等です」
ヴィクターはもう一度、巨大な機体を見上げた。
「これを人間が操縦するのか?」
「必要ありません」
アランが答えた。
「オペレーションは、基本的にロボットが行います」
「ロボット?」
「航行、機体制御、整備、航空機の運用まで、ほぼ自律して行えます」
ヴィクターは言葉を失った。
巨大な空母を空に浮かべ、それを量子コンピュータと高度なAIが制御する。
しかも、人間の乗員を大量に必要としない。
「……君の技術には、本当に驚かされるな」
「まだ試作段階ですけどね」
アランはそう言いながらも、表情を変えなかった。
「これを何に使うつもりだ?」
「輸送、災害救助、長距離展開。そして必要であれば軍事利用も可能です」
「必要であれば、か」
「技術は用途を選びませんから」
ヴィクターは小さく息を吐いた。
その時、アランが端末を操作した。
「それと、もう一つ報告があります」
「まだあるのか?」
「兵器開発についてです」
ヴィクターの表情が変わる。
アランの声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
「対消滅爆弾が、実証段階に入りました」
ヴィクターは黙った。
「……それは」
「我が国の最高機密です」
アランは静かに続けた。
「使用した場合、単なる局地的な破壊では済みません。世界規模の気候変動につながるほどの影響が発生する可能性があります」
ヴィクターの表情から笑みが消えた。
「ならば、実際に使うわけにはいかないな」
「その通りです」
アランは画面を切り替えた。
「だからこそ、一度だけ。威力確認のための実証を行います」
ヴィクターが画面を見る。
そこには宇宙空間での試験計画が表示されていた。
「宇宙で?」
「はい」
アランは頷いた。
「宇宙マスドライバーを使用して、秘密裏に地球圏外へ射出します。その後、地球の重力圏を脱出した段階で実証対象へ向けて試験を行います」
ヴィクターはしばらく画面を見つめた。
「実証対象は?」
「小惑星です」
「……なるほど」
地球から十分に離れた場所。
人類の生活圏から隔絶された宇宙空間。
そこで一度だけ、兵器としての威力を確認する。
アランは続けた。
「小惑星の破壊に関する観測データを取得します。それをもって実証完了とします」
ヴィクターは腕を組んだ。
「地球に影響はないのか?」
「実証そのものによる地球への直接的な影響は発生しない計画です。ただし、これは我が国の最高機密。情報管理は徹底する必要があります」
ヴィクターはしばらく黙っていた。
そして、静かに口を開いた。
「立会人は?」
「エリアス大統領」
アランが答える。
「そして、ヴィクター連邦議会議長にもお願いしたい」
ヴィクターは眉を上げた。
「私自身が?」
「はい」
アランは真剣な表情だった。
「この兵器が本当に存在すること。そして、その力がどれほど危険なものなのか。それを国家の中枢にいる人間が直接確認する必要があります」
ヴィクターは再び画面へ目を向けた。
「分かった」
短い返答だった。
「エリアス大統領にも伝えろ。ただし、参加者は必要最小限だ」
「承知しました」
アランは画面を閉じた。
そして、しばらく沈黙した後、別のデータを表示した。
「それと、日本周辺で地震活動が増えています」
「……まだあるのか」
「はい」
アランは日本周辺の地図を表示した。
「もしかすると、新安共和国の新技術が影響しているかもしれません」
ヴィクターはすぐにアランへ視線を向けた。
「トップシークレットだぞ。なぜ知ってる?」
アランは少し笑った。
「うちのAIを舐めないでいただきたい」
「……」
「表に出さないだけで、世界の情勢は把握しています」
アランはさらに別の画面を開いた。
「それと、東方カンパニーについても新しい情報があります」
「何だ?」
「どうやら遺伝子操作の研究でも、新しい発見をしたようです」
ヴィクターの目が細くなる。
「遺伝子操作?」
「正確には、遺伝子研究の過程で未知の反応を確認した可能性があります。ただし、まだ実証段階のようです」
「どこまで分かっている?」
「断片的な情報しかありません」
アランは端末を閉じた。
「ですが、東方カンパニーが地球エネルギーだけを研究しているわけではないことは確かでしょう」
ヴィクターは黙っていた。
地球エネルギー。
遺伝子研究。
そして、それらを支える東方カンパニーの巨大な研究開発網。
「東方カンパニー……」
ヴィクターが呟く。
「はい」
アランが答える。
「侮れません」
ヴィクターは再び空飛ぶ空母を見上げた。
自分たちも、世界のどの国にもない技術を手にしている。
それでも、世界のどこかでは、さらに未知の技術が生まれようとしていた。
「アラン」
「はい」
「東方カンパニーについて、もっと調べろ」
「すでに始めています」
即答だった。
ヴィクターは小さく息を吐いた。
「……本当に、君のAIは恐ろしいな」
アランは答えなかった。
ただ、量子コンピュータを中枢に据えたAIが、世界各地から集まる膨大な情報を静かに解析していた。
そして格納庫では、人間の姿をしたロボットたちが無言で作業を続けていた。
空飛ぶ空母は、人間の乗組員を必要としないところまで完成していた。
そしてその地下深くでは、世界の運命を変えかねない兵器の実証計画が、静かに動き始めていた。




