三つの世界
三カ国会談の日を迎えた。会場には、アメリカ政府首脳、連邦議会および連邦を構成する各国の首脳、そして新安共和国政府首脳が一堂に会していた。これほどの規模で主要国の首脳が集まることは、これまでの国際社会でもほとんど例がなかった。
今回の会談は、軍事同盟を結ぶためでも、一つの国を牽制するためでもない。変わり始めた世界の中で、それぞれがどのような立場を取り、これからの国際社会をどう維持していくのか。その意見交換が目的だった。
最初に発言したのはアメリカ側だった。
「我々は、現在もアメリカが世界有数の大国であることに変わりはないと考えています。しかし、世界は変化しています」
会場に静かな緊張が走る。
「正直に申し上げましょう。技術という一点で見れば、我々は連邦にも、新安共和国にも大きく遅れています」
会場の空気がわずかに動いた。
「しかし、それでも我々には失っていないものがあります」
アメリカ政府首脳は、ゆっくりと周囲を見渡した。
「我々が長年、世界の警察として培ってきた信頼です」
誰も口を挟まなかった。
「もちろん、すべての国から同じように評価されているとは思っていません。それでも、長い年月をかけて築いてきた同盟関係、外交関係、国際的な協力体制。それらは一朝一夕に作れるものではありません」
アメリカにとって、それこそが現在も残されている大きな力だった。
「我々は、その役割をこれからも果たしたい」
続いて、連邦側から発言があった。
「連邦は、我々が築いてきた防衛技術と安全保障体制を維持します。しかし、それを他国への支配に利用するつもりはありません」
連邦議会の代表が続ける。
「我々が求めるのは、連邦と構成国の安全。そして、技術によって確立された防衛力を維持する権利です」
そして、新安共和国政府首脳が口を開いた。
「新安共和国は、産業、エネルギー、技術、資源を基盤として国家を発展させます」
一瞬だけ間を置く。
「我々にも、自らの技術を研究し、自らの産業を発展させる権利があります。そして、その権利を他国から侵害されることは受け入れません」
三者の間に、しばし沈黙が流れた。
誰もが自国の利益を守りたい。だが、ここにいる三者がそれぞれの力を背景に正面からぶつかれば、世界は再び大きな緊張に包まれる。
だからこそ、会談ではそれぞれの立場を認めた上で、最低限の共通原則を定めることになった。
そして、会談の最後。
三者による共同声明が発表された。
その内容は、三者それぞれの立場を明確にしたものだった。
アメリカは、これまで築いてきた国際的な協力体制と外交関係を維持し、国際社会の安定に寄与する権利を有する。
連邦は、連邦および構成国の安全を守るため、防衛技術と安全保障体制を維持・発展させる権利を有する。
新安共和国は、国家の発展に必要な産業、エネルギー、資源、技術を自ら研究・開発し、その成果を自国の発展に利用する権利を有する。
そして三者は、互いの主権と権利を尊重し、一方的な武力行使や圧力によって相手の権利を侵害しないことを確認した。
さらに、国家間の問題については、可能な限り外交による解決を目指す。
短い声明だった。
しかし、その意味は大きかった。
世界各国は、その声明の裏側にある現実を見始めていた。
それは、三つの勢力が、それぞれ異なる基盤を持って台頭しているということだった。
アメリカは、これまで築き上げてきた巨大な経済基盤を維持していた。石油や天然ガスなどの化石燃料、そして原子力。旧来から続くエネルギー体系を基盤として、依然として巨大な産業力を有している。
一方、連邦はすでに核融合技術を実用化し、新たなエネルギー基盤を構築していた。安定した大規模電力を確保することで、軍事技術や高度な産業を支えている。
そして、新安共和国。
その中核にある東方カンパニーでは、世界にもまだ公開されていない地球エネルギーの研究が進められていた。
地球そのものが持つエネルギーを電力へと変換する、既存のエネルギー技術とは全く異なる概念。
まだ秘密裏に研究されている段階ではある。しかし、もし実用化されれば、エネルギー産業そのものを変える可能性を持っていた。
三つの勢力。
三つの異なるエネルギー基盤。
そして、それぞれを土台として発展していく産業と軍事力。
アメリカは旧来の巨大な国力と、長年築いてきた国際的な信頼を維持している。
連邦は核融合によって新たな技術体系を築き、新安共和国は地球エネルギーという未知の技術を手にしようとしている。
正式に世界を三分割したわけではない。
各国がどこか一つの陣営に完全に所属したわけでもない。
それでも、世界の大きな流れは三つに分かれ始めていた。
アメリカを中心とする旧来の国際秩序。
連邦を中心とする新たな安全保障体制。
そして、新安共和国を中心とする新しい産業・エネルギー圏。
三つの勢力。
三つの異なる力。
そして、それぞれを支える異なるエネルギー基盤。
世界は、これまでとは違う形へと動き始めていた。
その頃、新安共和国では、黒崎が投資会社「黒崎」の執務室で三カ国会談の報告書を眺めていた。
「……ずいぶん大げさな話になったな」
美咲が横から報告書を覗く。
「あなたの会社が関わってるんでしょう?」
「東方カンパニーは俺の会社じゃないぞ」
黒崎は淡々と答えた。
「株主として、経営を見ているだけだ」
美咲は少し笑った。
「でも、東方カンパニーのことは全部あなたのところに報告が来るんでしょう?」
「それはそうだな」
黒崎は報告書を机に置いた。
アメリカ、連邦、新安共和国。
世界を代表する三つの勢力が、それぞれの権利を認め合った。
その一角を担う新安共和国を、東方カンパニーが支えている。
そして、その東方カンパニーを支配しているのが投資会社「黒崎」だった。
だが、黒崎自身に世界を三つに分けるような意図はなかった。
「俺はただ、投資してきただけなんだけどな」
「その結果がこれ?」
美咲が報告書を指差す。
黒崎は少し考えた。
「……まあ、そういうことになるのか」
美咲は笑った。
黒崎は椅子に深く腰を下ろし、次の報告書へ手を伸ばした。
世界が大きく変わろうとしている。
しかし黒崎にとっては、今日も投資会社「黒崎」の仕事が続いているだけだった。




