地球の力
新安共和国。
新都市の建設計画が進む裏側で、東方カンパニーでは極秘の研究が続いていた。
技術部門の会議室。
世界各地の研究施設から届いたデータが、大型スクリーンに映し出されている。
地下深部の熱。
地殻の圧力。
磁場。
地下構造。
掘削技術、エネルギー変換装置、制御システム。
研究は一つの施設に集中させず、それぞれの場所で別々に進められていた。個々の研究成果だけが中央へ送られ、全体像を把握している人間は限られている。
「各施設からのデータを統合しました」
担当者が画面を切り替える。
地球の断面図が表示された。
「従来の地熱発電とは違います。地球内部に存在する熱、圧力、磁場などを利用し、複数のエネルギーを電力へ変換します」
画面に新安新都市の設計図が重なる。
「実用化の第一段階として、新安新都市を選定します」
「都市全体を支えるつもりか?」
「はい。ただし、既存の発電設備も残します」
「新方式だけに依存せず、段階的に移行します」
「妥当だ」
責任者が頷いた。
長年続けてきた研究が、ようやく実用化の段階に入ろうとしていた。
そのときだった。
一人の研究者が資料を手に立ち上がる。
「……もう一件、報告があります」
責任者が顔を上げる。
「予定にはなかったな」
「はい。ですが、こちらは無視できない内容です」
スクリーンが切り替わった。
人間の遺伝情報。
先ほどまでとはまったく違う資料だった。
「遺伝子研究施設からの報告です」
「もともとは、人間の遺伝的特徴と身体機能の関係を調べていました。地球エネルギー研究とは別の計画です」
「それが?」
「研究の過程で、特殊なエネルギー環境と、ある遺伝的特徴を持つ人間との間に、通常では見られない反応が確認されました」
画面に測定結果が並ぶ。
最初は誤差を疑った。
条件を変え、測定機器も変更した。
それでも、同じ傾向が残った。
「具体的には?」
研究者が次の資料を表示する。
反応速度の大幅な上昇。
身体能力の向上。
自然治癒力の異常な上昇。
筋力の向上。
そして、
知能の向上。
「全部か?」
「同時に発現するわけではありません。個体によって、発現する変化も程度も異なります」
「誰にでも起こるのか?」
「いいえ。特定の遺伝的特徴を持つ人間に限られます」
責任者が資料から目を上げる。
「その条件は、特定できているのか?」
「まだ完全には」
「では、なぜそこまで断定できる?」
研究者は一瞬だけ言葉を止めた。
「実際の人間で、発現が確認されたからです」
空気が張り詰める。
「……何人だ?」
「一人です」
短い返答だった。
「現在、発現が確認されているのは一人だけです」
「今も追跡しているのか?」
「はい。状態は安定しています」
「同じことが、他の人間にも起こる可能性は?」
「否定できません」
研究者が統計資料を表示する。
「亡国の健康データを解析しました」
画面に数字が浮かび上がる。
約百万人に一人。
「健康記録と遺伝情報から推計した結果、この遺伝的特徴を持つ可能性がある人間は、約百万人に一人と算出されています」
「亡国のデータだけか?」
「はい。世界全体の割合までは分かりません」
責任者は、しばらく数字を見つめていた。
「研究対象の情報は?」
「厳重に管理しています」
「外部には?」
「出ていません」
「技術院には?」
「必要な情報のみ共有しています」
責任者は椅子に背を預けた。
「……この研究は分離しろ」
「はい」
「エネルギー研究側には、遺伝子研究の詳細を渡さない」
「了解しました」
「遺伝子研究側も、エネルギー研究の全容を知る必要はない」
「分かりました」
会議室に沈黙が残った。
偶然から始まった一つの発見。
それが、まだ誰も知らない可能性を示している。
だが、今は判断できるだけの材料がない。
研究を続ける。
情報を管理する。
それだけが決まった。
その頃、滋賀。
黒崎は東方カンパニーから届いた報告書を眺めていた。
美咲が隣から資料を覗き込む。
「珍しいね」
「そうだな」
黒崎は五つの発現項目に目を通した。
反応速度。
身体能力。
治癒力。
筋力。
知能。
続いて、統計資料を見る。
「百万人に一人……亡国のデータからか」
「推定値だけどね」
「実際に発現したのは一人」
「ええ」
黒崎は少し考えた。
「研究は続けているんだろ?」
「もちろん」
「なら、任せよう」
黒崎は資料を閉じた。
それ以上、遺伝子研究について考えることはなかった。
今の黒崎にとって重要なのは、新安新都市の方だった。
「エネルギー施設は?」
「予定通り進んでる」
「それならいい」
黒崎は都市計画の資料へ目を戻した。
新安では、建設が着実に進んでいる。
道路が伸び、行政施設の基礎が作られる。
東方カンパニー本社の建設も始まった。
その地下では、世界各地で分散して研究されてきた地球エネルギー変換技術が、少しずつ形になっていく。
まだ世界は知らない。
新安の地下で、従来とはまったく異なるエネルギーシステムが作られていることを。
そして、その研究とは別の場所で。
たった一人の人間に現れた変化についても、静かな研究が続いていた。
それは今のところ、東方カンパニーの膨大な研究記録の中にある、一つの極秘案件に過ぎなかった。




