↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
151/186

普通のおっさん、世界を動かす

新安共和国の制度が整い始めた頃、最後まで決まっていないものがあった。


国家と東方カンパニー、その両方に関わる重要事項を、最終的に誰が判断するのか。


新安には大統領がいる。首相もいる。議会も各省庁もある。東方カンパニーには社長と経営陣がいる。


それぞれが自分の役割を持っている。


だが、国家の存続や企業の将来を左右する案件になると、その資料は最後には日本へ送られていた。


投資会社「黒崎」。


黒崎夫妻と四人の専門家。


六人だけの会社だった。


「現状のままでは、責任の所在が曖昧です」


新安政府の法務担当者が、東方カンパニーの経営陣に説明する。


「新安政府が決めるのか。東方カンパニーが決めるのか。それとも投資会社『黒崎』なのか」


社長が資料を見る。


「実際には、重要な案件ほど六人の判断を仰いでいる」


「ええ。だからこそ、制度にします」


法務担当者は資料を開いた。


「国家安全保障、基幹インフラ、重要資源、大規模な財政支出、国家経済に重大な影響を与える政策などを、国家戦略評議会の審議対象とします」


「構成は?」


「新安政府、東方カンパニー、そして投資会社『黒崎』です」


「六人全員が参加する?」


「はい」


「最終的には?」


「投資会社『黒崎』六名の承認を必要とします」


社長は黙って資料を閉じた。


「今までと何が違う?」


「何も変わりません」


法務担当者は答えた。


「変わるのは、これまで暗黙だったものを、正式な制度にすることです」


その話が進む一方で、東方カンパニーの経営陣から黒崎のもとへ、別の提案が届いていた。


「滋賀へ移られてはいかがでしょうか」


黒崎は資料から顔を上げた。


「滋賀?」


「はい。新安とのやり取りが増えています。日本政府との調整も増えました」


「東京でなくても?」


「むしろ、今の状況なら滋賀の方がいいかもしれません」


理由はいくつもあった。


滋賀には、黒崎が昔から開発してきた土地がある。


工場。道路。電力。物流。住宅。


長い時間をかけて積み上げてきたものが、すでに一つの経済圏を形成している。


そして現在、滋賀は副首都として政府機能の一部を担うまでになっていた。


「ここなら警備面も問題ありません」


社長が続ける。


「政府関係者との交渉にも都合がいい。東方カンパニーの主要拠点とも連携できます」


黒崎は黙って聞いていた。


「それに、東京のご自宅についても……」


社長が言葉を選ぶ。


「息子さんも結婚されています。そろそろ、引き継がれてもいい時期ではないでしょうか」


黒崎はしばらく黙っていた。


東京郊外の家。


長い時間を家族と過ごした場所だった。


仕事から帰れば、そこに家族がいた。


子供たちが小さかった頃の声も残っている。


何気ない食事。


休日の朝。


家族で過ごした時間。


特別な家ではない。


だからこそ、思い出が詰まっていた。


「……少し寂しいな」


黒崎がぽつりと言った。


美咲が隣を見る。


「そうね」


黒崎は家の中を見渡した。


「ここ、結構長かったもんな」


「子供たちもここで大きくなったしね」


「ああ」


少しだけ沈黙が続いた。


やがて黒崎が息を吐く。


「でも、息子が使うならいいか」


美咲が笑う。


「そういうところは、やっぱり普通のお父さんね」


「当たり前だろ」


黒崎は少し不満そうに答えた。


「家まで仕事にする気はないぞ」


こうして、東京郊外の家は息子へ引き継ぐことになった。


息子はすでに結婚し、自分の家庭を築いている。


タイミングとしても悪くなかった。


黒崎夫妻は、これを機に滋賀へ生活拠点を移すことにした。


新しい生活が始まる。


ただし、滋賀は黒崎にとって未知の土地ではない。


ずっと前から関わってきた場所だった。


かつて土地を買い集め、工場を置き、道路を整え、電力を通し、物流を整備した。


企業が集まり、人が集まり、住宅が増えた。


やがて行政機能まで集まり、副首都となった。


昔、地図を広げながら土地の位置を確認していた場所が、今では日本有数の経済・行政拠点になっている。


その一角に、投資会社「黒崎」の施設がある。


高度な警備。独立した通信網。非常用電源。医療設備。会議設備。


黒崎夫妻と四人の専門家が、ここを拠点に活動する。


東京から完全に離れたわけではない。


必要があれば東京へ行く。


だが、普段は滋賀にいる。


そして新安へは行かない。


新安政府からの報告は、ここへ届く。


東方カンパニーの経営資料も届く。


日本政府との交渉が必要なら、政府側が滋賀へ来る。


海外からの重要な使者も、必要ならここで迎える。


黒崎自身が動く必要はなかった。


その日の夜、六人が会議室に集まった。


新安政府から届いた制度案が机に並んでいる。


四人の専門家が順番に説明していく。


「国家戦略評議会を設置します。新安政府だけでは判断できない重要案件を、ここで審議します」


「東方カンパニーの経営判断についても、国家に重大な影響を与えるものは対象です」


「最終承認は六名の合意を必要とします」


黒崎が顔を上げた。


「拒否権か?」


「正確には承認権です」


「違いは?」


「通常の行政や企業活動には介入しません。指定された重要事項だけ、六人の承認がなければ進められない仕組みです」


美咲が資料を確認する。


「普段のことは政府と会社に任せる。でも、国の方向を変えるような案件だけは、ここで判断する」


「その通りです」


黒崎はしばらく考えた。


「それならいい」


翌日、新安共和国で新たな法律が公布された。


国家戦略評議会設置法。


国家安全保障。基幹インフラ。重要資源。大規模な財政支出。国家経済に重大な影響を与える政策。


これらについて、政府は国家戦略評議会へ諮問する。


同時に東方カンパニーでも組織規程が改定された。


大型投資。重要インフラの取得。資源開発。大規模な海外事業。保安部門の大幅な変更。企業の存続に関わる重大案件。


これらも投資会社「黒崎」の承認を必要とする。


これまで水面下で行われていた意思決定が、制度として形になった。


新安政府は国を運営する。


東方カンパニーは企業として経済とインフラを支える。


そして滋賀にいる六人が、その二つの進む方向を見ている。


最初の案件が届いた。


新安の国家エネルギー網を全面的に再編する計画だった。


画面には新安政府の担当者が映っている。


「政府としては、五年計画を想定しています」


東方カンパニーの担当者が資料を確認する。


「三年に短縮できます」


「資金は?」


「問題ありません」


四人の専門家が数字を確認する。


美咲も資料に目を通した。


「三年なら、復興速度がかなり変わる」


黒崎は全員の意見を聞いた。


そして最後に言った。


「三年でやれ」


「承認します」


記録担当が入力する。


投資会社『黒崎』六名、全会一致により承認。


決定は新安政府へ送られた。


翌日から、計画が動き始める。


黒崎は滋賀から動いていない。


だが、一つの国家のエネルギー政策が変わった。


夜。


仕事を終えた黒崎は、会議室を出た。


家に戻る。


風呂から上がると、冷蔵庫を開けた。


「美咲、ビールあるか?」


「冷やしてあるよ」


「じゃあ一本」


黒崎は缶ビールを手に取り、テレビの前に座った。


ニュースでは、新安共和国の復興計画が報じられている。


画面の中では、各国の政府関係者や専門家が、新安と東方カンパニーについて議論していた。


その中心には、当然のように黒崎の名前も出てくる。


しかし本人は、テレビを眺めながらビールを飲んでいる。


「……あいつら、よくしゃべるな」


「あなたのことも話してるけど?」


「知らん」


そう言って、黒崎はビールを一口飲んだ。


しばらくテレビを眺めていた黒崎が、ふと口を開いた。


「……ちょっと最近、働きすぎたな」


美咲が笑う。


「今さら?」


「最近ずっと忙しかっただろ」


「まあね」


「今日はもういいや」


黒崎はリモコンを手に取り、ニュースから別の番組へ変えた。


国家の行方を左右する決定権を持つ。


巨大企業を動かす。


一つの国家の復興計画を数年単位で変更させる。


世界中の政府が、その動向を注視している。


それでも家に帰れば、風呂上がりにテレビを見ながらビールを飲む親父だった。


そこだけを見れば、どこにでもいる普通の父親と変わらない。


だが、それ以外は違う。


異常なまでの資産。


異常なまでの情報網。


異常なまでの決断力。


そして、自分が必要だと思えば国家の形すら変えてしまうほどの影響力。


日常だけが、異常なほど普通だった。


美咲が隣に座る。


「明日も朝から会議?」


黒崎は少し考えた。


「……明日は遅くていいだろ」


「珍しい」


「最近働きすぎたからな」


「じゃあ、ゆっくり寝れば?」


「ああ」


黒崎はビールを飲みながら、テレビに目を戻した。


世界が黒崎を特別な存在として見始めても。


本人だけは、昔と変わらない。


家に帰り、風呂に入り、ビールを飲み、テレビを見る。


そんな普通の親父だった。


ただし。


その親父が、世界の一角を動かしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。