整った舞台
亡国の主要都市。その各所で、東方カンパニーの計画が静かに進んでいた。港湾、空港、物流、電力、通信、工業。すでに主要企業の多くには資本や人材、技術を通じて東方カンパニーの影響が入っている。会議室の画面には、それらを結んだ経済網が表示されていた。
「主要なインフラ企業については、大方、血を通わせることができました」
社長の報告に、黒崎は画面を見たまま答えた。
「大方、ではない」
社長が顔を上げる。
「はい?」
「止まったところが一つでもあれば、そこから崩れる」
黒崎は画面を指した。
「港と物流は?」
「連携済みです。港湾の荷役、倉庫、輸送まで一本の流れとして調整できます」
「電力は?」
「主要発電施設と工業地区の需要を把握しています。東方エネルギー時代の技術者も現地に入っています」
「通信」
「主要通信企業との提携を完了しています」
「空港は?」
「貨物、燃料、整備関連企業との契約を押さえています。空港そのものを直接所有しているわけではありませんが、運営を支える企業群には影響力があります」
黒崎は頷いた。
「金融は?」
別の役員が答える。
「主要銀行との融資、決済、企業間取引の関係を整理済みです。緊急時にも資金が止まらないよう、複数の経路を確保しています」
「工業は?」
「主要工場については、原料、電力、輸送の三つを東方側から調整できます」
黒崎はしばらく画面を眺めた。
「教育は?」
「大学、技術学校、研究施設との連携を進めています。技術者の育成と確保については、すでに東方側の計画に組み込んでいます」
「よし」
黒崎は椅子に背を預けた。
社長が一枚の資料を差し出す。
「ここまで進めても、今のところ表立った問題はありません」
「気づかれていない?」
「少なくとも、こちらの意図を掴んでいる動きはありません」
「なら、まだ動くな」
社長が頷く。
「はい」
そのとき、別の役員が手元の端末を確認した。
「……一つ、気になる報告があります」
黒崎が視線を向ける。
「何だ?」
「首都の一部で、生活必需品の価格上昇に対する抗議が増えています。昨日は小規模な集会でしたが、今日は参加者が増えているようです」
「政府は?」
「声明を出しています。ただ、現地では政府への不満もかなり強いようです」
黒崎は一瞬だけ資料に目を落とした。
「企業活動への影響は?」
「今のところありません」
「なら、記録しておけ」
黒崎はそれ以上、触れなかった。
画面には再び、亡国全体の経済網が映し出される。
都市の中に、無数の点がある。港、空港、発電所、工場、倉庫、銀行、学校。それぞれは別々に存在している。だが、その間にはすでに東方カンパニーの手が伸びている。
「企業を買うことが目的じゃない」
黒崎が静かに言った。
「流れを押さえる」
社長は黙って聞いている。
「物が流れる。金が流れる。電気が流れる。人が流れる。情報が流れる」
黒崎は画面の中央を見た。
「それを全部、同じ方向へ向けられるようにしておけ」
「承知しました」
「ただし、まだ表には出すな」
黒崎は立ち上がった。
「我々の血を通わせろ」
経営陣が一斉に顔を上げる。
「企業から企業へ。都市から都市へ。必要なところに、必要なものが届くようにする」
黒崎は一つずつ画面を確認した。
「土地にも、文化にも、世界の全てに血を回せるようにしておけ」
社長が静かに答える。
「その時が来れば、すぐ動けるように」
「そうだ」
黒崎は画面を消した。
「時期を外すな」
会議室が静まる。
「そちらとこちらで見極めよう」
誰も反論しなかった。
準備は終わった。
あとは、きっかけだけだった。
その頃、首都の大通りでは、再び人が集まり始めていた。
まだ、小さな集まりだった。
だが、その人数は昨日より多かった。




