時を待つ
会議室には、東方カンパニーの社長と主要な経営陣が集まっていた。壁一面の画面には、亡国の主要都市と企業の情報が映し出されている。
「主要なインフラ企業については、大方、こちらの影響下に置くことができました」
社長が資料を閉じた。
「港湾、物流、電力、通信。表向きは、それぞれ別の企業として動いています。ただ、資本関係や業務提携を辿れば、こちらから流れを調整できます」
「工業部門も同様です」
別の役員が続ける。
「必要な企業には、すでに手を入れています」
黒崎は黙って画面を見ていた。
「教育部門は?」
「現地の大学や教育機関との連携を進めています。こちらはまだ投資という形が中心です」
「十分だ」
黒崎は短く答えた。
画面に映る都市を見ながら、静かに呟く。
「……血は、かなり通ったな」
誰も口を挟まなかった。
黒崎の言う「血」が何を指しているのか、ここにいる者なら分かっている。
企業から企業へ。港から工場へ。電力から産業へ。物流から市場へ。そして、人材へ。
東方カンパニーの手は、すでに一つの企業の枠を越え始めていた。
社長が資料を一枚めくる。
「ただし、問題があります」
「何だ?」
「これ以上、短期間に動けば目立ちます」
黒崎が社長を見る。
「政府か?」
「政府だけではありません。市場も、メディアもです」
別の役員が続けた。
「今のところ、一つ一つの買収には理由があります。ですが、全体を並べて見れば、誰かが意図的に国の基盤へ手を伸ばしていると気づく可能性があります」
黒崎はしばらく黙っていた。
「……まだ、気づかれていない」
「はい」
「なら、焦る必要はない」
社長が頷く。
「その通りです」
黒崎は椅子に深く腰を預けた。
これまでなら、次の投資先を考えていただろう。どこが安いか。どこが伸びるか。どこに資金を入れれば利益が出るか。
今は違う。
手に入れた企業をどうつなぐか。いつ動かすか。どこまで動かしても気づかれないか。
そこまで考えるようになっていた。
黒崎は再び画面を見る。
「主要なところは押さえた」
港。空港。物流。電力。工業。教育。
それぞれが、まだ別々の企業として存在している。
だからこそ、誰も全体像には気づかない。
「血を通わせるところまでは終わった」
黒崎は立ち上がった。
「後は……」
一瞬、言葉を止める。
「タイミングです」
社長が静かに頷いた。
「こちらから仕掛けるのではなく、動くべき時を待つ」
「そうだ」
黒崎は経営陣を見渡した。
「時期を外すな」
誰も口を挟まない。
「そちらとこちらで見極めよう」
一人ずつ、静かに頷いた。
まだ、何も起きていない。
亡国の人々も、政府も、周辺国も知らない。
東方カンパニーが、すでに国の中枢へいくつもの流れを作っていることを。
黒崎は画面を消した。
「今は待て」
暗くなった会議室に、その言葉だけが残った




