微かな異常
連邦情報分析局。複数のモニターに、世界各地の企業活動が映し出されていた。その一角で、警告表示が一つだけ点滅した。
「……東方カンパニー?」
企業監視担当の分析官が画面を拡大する。
隣のデータ分析官が振り向いた。
「どうした?」
「ここ数か月の買収記録だ。少し気になる」
「大型買収か?」
「いや、件数と買収先だ」
画面に企業名が並ぶ。港湾、物流、電力、交通、工業関連。
データ分析官が眉を寄せる。
「……偏ってるな」
「だろ?」
「でも、東方カンパニーなら事業拡大の範囲内じゃないか?」
「俺も最初はそう思った」
監視担当が別の画面を開く。買収先を分野別に分類すると、港湾、電力、物流、工業、そして教育へと集中していた。
「国の基盤に関わるところが多い」
「政治との関係は?」
「今のところ確認できない。資金の流れにも不審な点はない」
データ分析官は画面を見つめた。
「じゃあ、何が引っ掛かってる?」
監視担当は少し考えた。
「一つ一つは普通なんだ」
そして、分類されたデータを指す。
「でも、全部を重ねると妙に見える」
「一社が、国の基盤に近づいている?」
「そういう見方はできる」
そこへ情報分析部門の上席が近づいてきた。
「何の話だ?」
監視担当が席を立つ。
「東方カンパニーです。企業買収が特定分野に集中しています」
「具体的には?」
「港湾、物流、電力、工業。それと教育関連への投資です」
上席は画面を確認した。
「違法性は?」
「ありません」
「政府との関係は?」
「確認できていません」
「資金の流れは?」
データ分析官が答える。
「現時点で不自然な動きはありません」
上席はしばらく画面を見た。
「なら、現時点では問題なしだな」
「はい。ただ、継続して見ておく価値はあると思います」
上席は頷いた。
「分かった。追加分析を回せ」
「警戒レベルは?」
「上げない。まだそこまでじゃない」
「了解しました」
上席は画面を指した。
「買収した企業だけを見るな」
二人が顔を上げる。
「これらがどうつながっていくのかを追え」
「承知しました」
「政治的な意図があると決めつける必要もない。事実だけ拾え」
「分かりました」
その日の分析記録に、東方カンパニーの名前が残った。
数日後、分析結果をまとめた報告書が完成した。
『東方カンパニーによる基幹産業への投資集中について』
報告書は情報部門の上層部を経由し、政府中枢へ送られた。
そして、その一部がエリアスの机に届いた。
「東方カンパニー……」
エリアスはページをめくる。
港湾、物流、電力、工業、教育。
一企業の事業拡大として説明できる範囲ではある。
だが、集中している。
「まだ問題にはなっていない、か」
最後のページには、違法性や国家への直接的な影響は確認されていないと記されていた。その一方で、今後の動向について継続的な観察を推奨している。
エリアスは報告書を閉じた。
「……微妙だな」
危険だと断定するには材料が足りない。だが、無視するには少し気になる。
「議会に回そう」
数日後、連邦議会。
議題の一つとして、東方カンパニーの企業買収について報告が行われた。
「港湾、物流、電力、工業、教育……」
議員の一人が資料を眺める。
「一企業の事業拡大でしょう?」
政府経済担当官が答える。
「現時点では、その可能性が高い」
「なら、なぜ議会に?」
別の議員が尋ねた。
情報部門の代表が答える。
「問題が起きてからでは遅いからです」
「しかし、規制する理由は?」
「現段階ではありません」
「なら、監視だけでいい」
「私もそう考えます」
議場では、それ以上の結論は出なかった。
エリアスは資料に目を落とした。
まだ何も起きていない。
東方カンパニーが企業を買収している。
それだけなら、珍しい話ではない。
それでも、一つだけ気になった。
複数の基幹産業にまたがる投資集中。
エリアスは資料を閉じる。
「……しばらく見ておこう」
議題は次へ移った。
その頃、東の国では、別の計画が動き始めていた。
港。
空港。
物流。
工業。
教育。
それぞれの場所で、東方カンパニーの人間が動き始めている。
まだ、それが何を意味するのか知る者はいない。
ただ、東方カンパニーの動きは初めて、国家の監視網に引っ掛かった。
ほんの小さな異常として。




