最初の血
「始めます」
東方カンパニーの社長が口を開いた。
会議室には、主要な経営陣が集まっている。
机の上には、先の亡国についての調査資料が並んでいた。
「まず電力です」
担当役員が資料を開く。
「現在の主力は石炭火力です。ただ、環境汚染がひどい。老朽化も進んでいるため、単純に設備を復旧するだけでは、同じ問題を繰り返すことになります」
社長が頷いた。
「発電方式から検討し直す必要がありますね」
次の資料が開かれる。
採掘現場の写真だった。
大地が広範囲に削られ、巨大な穴が残されている。
「資源についても問題があります」
「露天掘りです」
役員が続けた。
「自然破壊が著しい。それだけではありません。安全対策も十分ではなく、坑夫の健康被害も深刻です」
別の資料には、労働者の記録が並んでいた。
「亡国の内情が捲れるほど、そこで働く人間がどれだけぞんざいに扱われていたのか、よく分かってきました」
社長はしばらく資料を見つめた。
「同じ方法で復旧するのは避けましょう」
「では、資源はどうします?」
「まず、採掘方法を変えます」
一人の技術担当が口を開いた。
「東方エネルギー時代の掘削技術なら、露天掘りに頼らず地下から採掘できる可能性があります」
「深部掘削の技術ですね」
「はい。東方エネルギーがかつて開発していた技術と、その技術者たちの経験があります」
社長は頷いた。
「それを使いましょう」
「必要な場所を必要なだけ掘る。土地を広範囲に削る必要はない」
「安全設備も含めて、採掘現場そのものを作り直します」
会議室の空気が変わった。
単なる復旧ではない。
亡国で当たり前になっていたやり方そのものを変える。
社長は次の資料を開いた。
「そして、資源の一部はヴィクターの国から回します」
「向こうを資源供給元にする?」
「ああ」
「資源を持つ国と、資源を必要とする国。その間を東方カンパニーがつなぐ」
「ただし、ヴィクターの国には、東方カンパニーが最終的にどこまで関わっているか分からないようにします」
「直接的な関係を見せる必要はない」
社長は資料を閉じた。
「こちらは必要な資源を確保する」
「向こうには安定した買い手と技術を提供する」
「双方に利益がある形なら、長く続けられます」
そして、別の資料を開いた。
「次に都市です」
地図上にいくつもの印が付いている。
「主要な港湾都市、工業都市を押さえろ」
黒崎からの指示だった。
社長が説明する。
「港を押さえれば、資源だけでなく製品、人、燃料まで動かせます」
「工業都市を押さえれば、そこで加工と生産ができる」
「この二つがつながれば、東方カンパニーの企業群を一つの経済圏として機能させられます」
さらに資料をめくる。
「教育施設もです」
「大学や技術学校?」
「はい」
社長は頷いた。
「短期的な利益だけなら必要ありません。しかし、長期的には技術者、経営者、研究者が必要になる」
「外から人を連れてくるだけでは、その国に根付きません」
「教育に投資して、人材そのものを育てる」
そこまで説明したところで、社長は最後の資料を開いた。
「そして、メディア」
「黒崎さんからは、『気を遣え。抑えられるなら抑えろ』と」
一瞬、会議室が静かになる。
「SNSにも気を遣え、と」
一人の役員が尋ねた。
「情報そのものを支配するという意味でしょうか?」
社長は首を振った。
「それだけではありません」
「東方カンパニーが何をしているのか、どう見られるかを無視するな、ということでしょう」
「電力を整える。工場を動かす。雇用を生む。教育にも金を出す」
「それでも、情報の扱いを間違えれば、一瞬で敵を作る」
「だから慎重に進めます」
その報告を、黒崎は自宅で聞いていた。
「以上です」
黒崎は資料を閉じた。
「採掘は?」
「東方エネルギーの技術を投入します」
「いい」
「電力も、石炭火力をそのまま復旧させるのではなく、別の発電方式を含めて検討します」
黒崎は頷いた。
「資源はヴィクターの国から」
「はい」
「向こうには余計なことを知らせるな」
「分かっています」
黒崎は地図を広げた。
港湾都市。
工業都市。
教育施設。
いくつもの印が並んでいる。
「全部、つなげろ」
社長が答える。
「承知しました」
黒崎は地図を見たまま、しばらく黙っていた。
企業を買う。
都市を押さえる。
技術を入れる。
人を育てる。
資源を流す。
それぞれは、まだ別々の事業に過ぎない。
だが、それらが一つにつながった時。
ただの企業ではなくなる。
黒崎は地図から目を上げた。
「焦る必要はない」
「時間をかけろ」
社長は頷いた。
「はい」
会議が終わる。
黒崎の前から、人が一人ずつ去っていく。
最後に残った地図には、いくつもの印があった。
まだ、始まったばかりだった。




