血脈
「東方カンパニーの社長と、主要な経営陣を呼んでくれ」
黒崎がそう言った。
四人は一瞬、顔を見合わせた。
「……全員ですか?」
「必要な人間だけでいい」
それだけだった。
数日後。
東方カンパニーの社長と主要な経営陣が、黒崎の前に並んでいた。
これまで黒崎は、筆頭株主として会社の成長を見てきた。
経営そのものを任せてきたのも、東方カンパニーが十分に機能していたからだ。
だが、今日は違った。
黒崎は机の上に資料を広げた。
「先の国に入る」
社長が資料を見る。
「……あの国ですか」
「ああ」
「何を?」
「まず、電力」
一枚。
「港」
二枚目。
「物流、金融、資源、建設」
黒崎は淡々と並べていく。
「必要なものを押さえる」
社長が眉を寄せた。
「かなり大きな買収になります」
「東方カンパニーならできる」
「できます」
社長は即答した。
だが、そのまま続けた。
「しかし……そこまでやれば、企業買収という範囲を超えます」
黒崎は顔を上げた。
「そうだな」
「政府との関係も問題になります」
「政府?」
「あの国は、今は弱っています。それでも国家です。東方カンパニーが主要な産業を次々と握れば、政府から警戒されるでしょう」
黒崎は少し考えた。
「だから、時期を外すな」
「……時期?」
「ああ」
黒崎は地図を見る。
「早すぎれば、ただの外国企業だ」
「遅すぎれば、他に取られる」
指先が、地図の上をゆっくり動く。
「そちらとこちらで見極めよう」
「政府が弱っている時」
「企業が我々を必要とする時」
「国民が我々を必要とする時」
そこで黒崎は指を止めた。
「その時に、一気に入る」
社長は黙っていた。
「政府を支配する、と?」
黒崎は社長を見る。
「政府を消す必要はない」
「……」
「政府には政府の仕事をさせればいい」
黒崎は資料を一枚めくった。
「ただ、政府が何かをする時に、東方カンパニーを無視できないようにする」
「電力も、物流も、金融も、資源も」
「全部つながっていれば、国は簡単には我々を切れない」
社長が静かに尋ねる。
「買収した企業は、独立したままですか?」
「いや」
黒崎は首を振った。
「我々の血を通わせろ」
社長がわずかに目を見開いた。
「血……ですか?」
「ああ」
黒崎は淡々と答えた。
「金を流す」
「人を流す」
「技術を流す」
「経営も必要なら変える」
黒崎は資料を閉じた。
「名前だけ傘下に置いても意味がない」
「中まで変える」
美咲は黙って黒崎を見ていた。
以前の黒崎なら、ここまで言葉を重ねなかった。
必要な数字。
必要な利益。
必要な投資。
それだけだった。
だが今の黒崎は違う。
「東方カンパニーを大きくする」
黒崎が言った。
「それだけじゃない」
一瞬、部屋が静かになる。
「一つの国に血を通わせる」
その言葉に、社長が息を呑んだ。
黒崎は地図を見た。
「人へ」
「土地へ」
「産業へ」
そして少し考えるように、
「文化へ」
と続けた。
「そこまで入り込めば、その国は東方カンパニーなしでは簡単には動けなくなる」
社長は何も言わなかった。
黒崎は地図の国境を越えて、指を動かした。
「一つで終わる必要もない」
その指が、さらに遠くへ進む。
「国から国へ」
「大陸から大陸へ」
誰も声を出さなかった。
黒崎が顔を上げる。
その目に、以前にはなかったものがあった。
「我々の血を、もっと遠くまで流せる」
静かな声だった。
「世界の全てに、血を回せ」
誰も動かなかった。
黒崎は自分が何を言ったのか気にする様子もない。
「焦る必要はない」
資料をまとめる。
「時期を見ろ」
そして立ち上がった。
「時間は、こっちにある」
黒崎が部屋を出ていく。
扉が閉まった。
しばらく誰も話さなかった。
やがて社長が、ぽつりと呟く。
「……あの人は、どこまで行くつもりなんだ」
美咲は答えなかった。
ただ、閉じられた扉を見つめていた。
以前の黒崎なら、こんな言葉は出てこなかった。
それだけは、分かった。




