三年間
あの日から。
黒崎は、眠れなくなった。
目を閉じると。
追証。
祖母の土地。
東方エネルギー。
親に尻拭いをさせたこと。
そればかりが頭に浮かんだ。
朝になっても、身体が重い。
それでも。
黒崎は会社へ行った。
辞めるわけにはいかなかった。
生活のため。
そして。
東方エネルギーを買うためだった。
仕事では、以前よりミスが増えた。
確認したつもりの数字を間違える。
伝達を忘れる。
簡単な作業で手が止まる。
「黒崎、大丈夫か?」
同僚に声をかけられる。
「大丈夫」
そう答える。
しかし。
大丈夫ではなかった。
夜は眠れない。
朝は起きられない。
仕事中は頭がぼんやりする。
それでも。
給料日はやってくる。
黒崎は給料が入ると。
東方エネルギーを買った。
また買った。
翌月も。
買った。
その翌月も。
買った。
生活に必要な金だけを残して。
残りを株につぎ込んだ。
株価は、まだ低かった。
誰も見向きもしない。
会社の業績も悪い。
それでも黒崎は買い続けた。
月日だけが過ぎていった。
一年。
二年。
三年。
その間も。
黒崎は毎月、東方エネルギーを買った。
株価が少し上がっても。
また下がっても。
関係なかった。
給料が入る。
買う。
それを繰り返した。
黒崎の保有株数だけが、少しずつ増えていった。
一方。
仕事でのミスは減らなかった。
むしろ。
少しずつ増えていった。
上司から注意される。
同僚から心配される。
黒崎は、そのたびに謝った。
「すみません」
それだけだった。
何とかしようと思っていた。
しかし。
身体の方が先に限界を迎えた。
ある朝。
黒崎は会社へ向かおうとして。
玄関で立ち止まった。
息が苦しい。
身体が重い。
頭が働かない。
足が動かなかった。
その日は会社を休んだ。
病院へ行った。
医師から、しばらく休むように言われた。
黒崎は会社に連絡した。
そして。
数日間、考えた。
もう。
戻れない。
三年間。
何とか会社員を続けた。
しかし。
身体も。
心も。
限界だった。
黒崎は退職を決めた。
会社を辞めた。
そして。
もう一つ。
家族に隠していたことがあった。
株だった。
以前、信用取引で大失敗したことは話していた。
だが。
その後三年間。
毎月の給料の大半を。
東方エネルギーにつぎ込んでいたことは。
話していなかった。
ある日。
父親に知られた。
「お前……まだ株をやっていたのか」
黒崎は黙った。
「どれだけ入れた?」
答えられなかった。
「また同じことをするつもりか」
「違う」
「何が違う」
黒崎は言葉を失った。
父親の怒りは。
三年前とは違っていた。
もう。
助ける気はなかった。
「もう知らん」
その一言だった。
母親も。
何も言わなかった。
家族との関係は。
そこで切れた。
勘当。
黒崎は。
完全に一人になった。
仕事もない。
家族もいない。
金も、自由に使えるほど残っていない。
あるのは。
東方エネルギーの株だけ。
黒崎はスマートフォンを開いた。
株価を見る。
まだ低い。
けれど。
三年前より。
少しだけ上がっていた。
黒崎は画面を見つめた。
そして。
小さく呟いた。
「……俺には、これしかない」
それは。
黒崎に、初めて狂気が宿った瞬間だった。




