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『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


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どん底

 不幸中の幸いだった。


 東方エネルギーの株価が、大暴落していた。


 あの戦争の影響だった。


 中東。


 アフリカ。


 東方エネルギーが進めていた資源開発の計画が、次々と止まっていた。


 現地の情勢が不安定になった。


 技術者を送り込めない。


 資材も運べない。


 物流も滞る。


 そして。


 開発そのものが、できなくなった。


 東方エネルギーにとって、それは致命的だった。


 さらに、会社が次の柱として期待していた新開発の深海掘削技術も、まだ採算が取れる段階にはなかった。


 巨額の設備投資。


 深海での掘削に必要な特殊設備。


 技術者の確保。


 どれも金がかかる。


 技術としては注目されていた。


 しかし。


 利益を生み出すには、まだ時間が必要だった。


 稼ぎ頭を失った会社を支えるには。


 あまりにも遠かった。


 その柱を失った。


 業績は急速に悪化した。


 株価も。


 6,000円から、見る間に落ちていった。


 5,000円。


 4,000円。


 3,000円。


 そして。


 さらに下へ。


 黒崎は画面を見つめていた。


「……売ってなかったら」


 あのまま持っていたら。


 1,500万円だった資産は、もっと減っていた。


 黒崎は、自分が助かったことに気づいた。


 しかし。


 ニュースを読み進めるうちに、別のことが気になった。


 東方エネルギーそのものが、追い込まれている。


 稼ぎ頭を失った。


 開発計画は止まった。


 新しい技術も、まだ金にならない。


 会社の先行きが見えない。


 黒崎は、しばらく画面を見ていた。


 そして。


 自分のことを考えた。


 自分も。


 どん底だった。


 株で失敗した。


 東方エネルギーを売った。


 祖母の土地まで売った。


 親に尻拭いをしてもらった。


 会社も。


 どん底。


 自分も。


 どん底。


「……同じだな」


 黒崎は、そう呟いた。


 合理的な理由なんてなかった。


 ただ。


 もう一度、東方エネルギーを買った。


 今度は現物だった。


 自分の金だけで買った。


 少し買った。


 そして。


 また下がった。


 黒崎は買い増した。


 さらに下がった。


 また買った。


 買い増し。


 買い増し。


 給料が入る。


 生活に必要な金だけを残して。


 大半を東方エネルギーにつぎ込んだ。


 翌月。


 また買った。


 その翌月も。


 買った。


 給料が入る。


 買う。


 また給料が入る。


 また買う。


 毎月のように。


 黒崎は東方エネルギーを買い続けた。


 株価が下がるたびに。


「安くなった」


 そう思った。


 周囲から見れば。


 ただの危険な行動だった。


 会社の業績は悪い。


 戦争は続いている。


 開発再開の見通しもない。


 それでも黒崎は買った。


 理由は。


 自分でもよく分からなかった。


 ただ。


 どん底にいるなら。


 あとは上がるしかない。


 そんなことを考えていた。


 そして。


 ある日。


 株価の下落が止まった。


 黒崎は気づかなかった。


 毎月のように買っていたから。


 その日も買った。


 翌日。


 下がらなかった。


 その翌日も。


 下がらなかった。


 そして。


 少しだけ上がった。


 黒崎は画面を見た。


「……上がった?」


 ほんのわずかだった。


 翌日。


 また上がった。


 そこで初めて。


 黒崎は気づいた。


 自分が買い続けていた場所が。


 東方エネルギーの。


 底値だった。


 黒崎は、画面を見つめた。


 笑わなかった。


 喜びもしなかった。


 ただ。


「……そうか」


 そう呟いた。


 それが。


 後に黒崎が何度も思い出すことになる。


 最初の「底」だった。

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