父親
そこからの行動は、早かった。
翌朝。ヴィクターとアリアが朝食を取っている頃には、エリアスがすでに外交部門へ連絡を入れていた。
「アリア殿の自国政府へ、正式な申し入れをお願いします」
「申し入れ……ですか?」
「首脳級会談です」
担当者の手が止まる。
「首脳級会談?」
「はい。両国関係の強化についてです」
「かなり急では?」
「そうですね」
エリアスは穏やかに答えた。
「ですが、すでに連邦議会には話を通してあります」
「議会の了承は?」
「得ています」
担当者が確認する。
「今回の訪問についても?」
「もちろんです」
エリアスは少し笑った。
「ヴィクター議長も承知しています」
「……なるほど」
担当者は目の前のエリアスを見る。
エリアスは、連邦を構成する一国の大統領だ。
そして、その横には連邦議会議長であるヴィクターがいる。
「では、正式な外交訪問として準備します」
「お願いします」
エリアスが頷く。
その一言で、連邦側の外交部門が一斉に動き始めた。
外務担当。議会関係者。警備担当。通訳。儀礼担当。必要な部署へ、次々と連絡が飛ぶ。
「首脳級会談?」
「日程は?」
「先方への連絡は?」
「もう入っています」
「早すぎないか……」
担当者たちは慌ただしく資料をまとめていった。
一方、アリアの自国にも正式な連絡が届いていた。
「連邦から正式な申し入れです」
「内容は?」
「首脳級会談です」
「誰が来る?」
「連邦議会議長ヴィクター・ヘイル」
担当者が続ける。
「それと、エリアス大統領も同行します」
会議室が静かになった。
「エリアス大統領?」
「はい。連邦を構成する一国の大統領です」
別の担当者が資料を確認する。
「連邦議会の了承も得ているようです」
「つまり、連邦側の議会にも話が通っている正式な訪問ということか」
「そうです」
誰も断る理由を見つけられなかった。
先の戦争以来、両国にはまだ解決していない問題が残っている。
国交は正常化した。
貿易も戻ってきた。
それでも、本格的な関係改善にはまだ距離があった。
そこへ。
連邦議会議長と、連邦を構成する一国の大統領がそろって訪問してくる。
「受けよう」
政府の責任者が言った。
「少しでも関係改善につながるなら、こちらとしてもありがたい」
「渡りに船ですね」
「ああ。これを断る理由はない」
こうして。
驚くほど早く会談の日程が決まった。
その報告を受けた連邦側では、政府関係者が頭を抱えていた。
「……本当に決まった」
「決まりました」
「準備は間に合うのか?」
「間に合わせます」
「誰がこんな日程を組んだんだ……」
エリアスは、その会話を聞きながら何でもない顔をしていた。
「必要なことですから」
「簡単に言わないでくださいよ」
「では、皆さんにお願いします」
その日の午後。
ヴィクターとアリアは、次の訪問先へ向かう準備をしていた。
「どこへ行くんですか?」
アリアが尋ねる。
「君の国だ」
「……え?」
「首脳級会談が決まった」
アリアは目を丸くした。
「私、聞いてないんですが」
「俺も詳しくは聞いていない」
「どうして?」
「エリアスが進めたらしい」
アリアは額に手を当てた。
「……あの人」
ヴィクターが苦笑する。
「行動が早いな」
「本当に」
そして二人を乗せた車列は、アリアの自国へ向かった。
その頃。
アリアの父親は、自国の政府施設で報告を受けていた。
「連邦のヴィクター・ヘイル議長と、エリアス大統領が来ます」
「……誰が?」
「ヴィクター・ヘイル連邦議会議長と、エリアス大統領です」
「何のために?」
「首脳級会談です」
「アリアは?」
「同行しています」
父親の表情が変わった。
「アリアが?」
「はい」
しばらく沈黙する。
アリアが連邦に滞在していることは知っていた。
だが。
娘が連邦議会議長と、連邦を構成する一国の大統領とともに帰国する。
そんな話は聞いていなかった。
しかも。
娘自身も詳しく知らない。
「……随分と急な話だな」
父親は静かに笑った。
元大統領だった男の顔には、動揺がなかった。
「準備しろ」
「はい」
「相手は連邦議会議長と、一国の現職大統領だ」
「失礼のないように」
それだけ言うと、すぐに準備へ入った。
突然の訪問にもかかわらず。
長年、国の頂点に立っていた男の貫禄は失われていなかった。
やがて。
ヴィクターたちが到着する。
車から降りる。
ヴィクター。
アリア。
エリアス。
盟友。
そして、連邦側の政府関係者。
建物の入口では、アリアの父親が待っていた。
父親とヴィクターの視線が交わる。
「ようこそ」
「突然の訪問にもかかわらず、お迎えいただきありがとうございます」
ヴィクターが頭を下げる。
父親はヴィクターをじっと見た。
「初めまして」
「はい。ヴィクター・ヘイルです」
二人は握手を交わす。
父親はヴィクターの手を離すと、娘を見る。
「久しぶりだな」
「お父さん」
「元気そうで何よりだ」
「うん」
短いやり取りだった。
だが。
父親の視線は、すぐにヴィクターへ戻った。
「では、話をしましょう」
「お願いします」
会談室へ入る。
まずは両国の関係について話し合われた。
貿易。
安全保障。
人の往来。
教育。
技術交流。
ヴィクターは、連邦議会議長として一つずつ質問に答えていく。
エリアスも、自国の大統領として、自国政府の立場から今後の協力について説明した。
父親は、二人の話を静かに聞いていた。
やがて。
公的な話が一段落する。
父親がヴィクターを見る。
「ヴィクター議長」
「はい」
「一つ、個人的なことを聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「娘とは、どのような関係です?」
アリアが少し驚く。
「お父さん」
「大事なことだ」
父親はアリアを見る。
そして、再びヴィクターを見る。
「私は、父親です」
「娘が何を考えているかくらい、顔を見れば分かります」
アリアが黙る。
「小さい頃から、ずっと見てきた」
「嬉しい時の顔も」
「怒っている時の顔も」
「何かを隠している時の顔も知っている」
父親は、少しだけ笑った。
「だから」
「娘があなたをどう思っているのかは、もう分かっています」
ヴィクターは黙って父親を見る。
「では、なぜ聞くんですか?」
父親は、少し考えた。
「ただ、あなたの口から聞かせてほしい」
「娘が何を思っているかではない」
「あなたが、娘をどう思っているのかを」
会談室が静かになった。
アリアは、少し俯いた。
ヴィクターは、ゆっくり息を吐く。
そして。
「アリアを大切に思っています」
父親は黙って聞いている。
「好きです」
アリアの顔が赤くなる。
ヴィクターは続けた。
「戦争のこともあります」
「俺たちは、昔は敵でした」
「それでも」
ヴィクターはアリアを見る。
「俺は、アリアと一緒にいたい」
「どんなことがあっても、守ります」
「政治的な立場がどう変わっても」
「国同士の関係がどうなっても」
「俺自身に何があっても」
ヴィクターは、はっきりと言った。
「アリアを守る」
父親は、しばらく黙っていた。
そして。
ヴィクターの後ろにいるエリアスを見る。
次に、盟友を見る。
最後に、もう一度ヴィクターを見る。
「つまり」
「娘に会うために」
「連邦議会を動かし」
「自国の大統領まで連れて」
「ここまで来たのか」
ヴィクターは、少し黙った。
エリアスも、盟友も何も言わない。
父親は。
しばらくヴィクターを見つめていた。
そして。
突然。
その顔が大きく崩れた。
「ははっ……」
肩が震える。
「ははははは!」
アリアが目を丸くする。
「お父さん?」
父親は、久しぶりに声を上げて笑った。
「大した男だ!」
ヴィクターは少し戸惑った。
「……何がです?」
「政治を使ってまで」
「自分の娘に会いに来るとはな!」
父親は笑いながら、ヴィクターの肩を叩いた。
「気に入った」
「お父さん……」
アリアは恥ずかしそうに顔を伏せる。
父親は、そんな娘を見てさらに笑った。
「アリア」
「はい」
「お前も、随分といい男を見つけたじゃないか」
「……もう」
アリアの顔が、さらに赤くなる。
父親はヴィクターへ向き直った。
今度は笑っていなかった。
一人の父親として。
「ヴィクター」
「はい」
「娘を頼んだぞ」
ヴィクターは、まっすぐ父親を見る。
「はい」
短い返事だった。
だが。
その声には、迷いがなかった。
父親は満足そうに頷いた。
「それなら、私は何も言わん」
アリアは、父親とヴィクターを交互に見た。
国と国の関係を話すために始まった会談。
だが。
最後に交わされたのは。
一人の父親から、一人の男への言葉だった。
「娘を頼んだぞ」
ヴィクターは、その言葉を胸に刻んだ。
アリアは、少し照れながら笑った。




