日本旅行
前日の夜。東方カンパニーの会議室では、幹部たちが集まっていた。
「今回の件について、我々から謝罪したい」
戦争を巡る一連の出来事。東方カンパニーとしても、連邦との関係をこれまで以上に慎重に扱う必要があった。
「そこで、ヴィクター大統領に日本へ来ていただこうと思います」
「日本へ?」
「ああ。観光もしてもらう。少し息抜きをしてもらいたい」
盟友が笑った。
「ちょうどアリアもいるし、行ってこいよ」
ヴィクターがアリアを見る。
「日本に興味があるのか?」
「あります。以前から、一度行ってみたいと思っていました」
「なら、行くか」
「はい」
こうして、ヴィクターたちの日本訪問が決まった。
翌日。連邦政府専用機が日本へ向かった。ヴィクター、エリアス、アラン、エレン、盟友。そして数人の政府関係者。その中にはアリアもいた。
今回の訪問は、表向きには東方カンパニーとの協力関係を確認するためのものだった。しかし、それだけではない。ヴィクター側から、日本の国会側との会談も希望していた。
連邦議会と日本の国会の交流。経済だけではなく、エネルギーや技術、今後の両国関係について話し合うためだった。
日本へ到着すると、まず東方カンパニーの関係者が出迎えた。
「ようこそ、日本へ」
「ありがとうございます」
簡単な挨拶を交わしたあと、一行は用意された車へ乗り込んだ。
最初に向かったのは、歴史のある街だった。古い建物が並ぶ通りを歩き、寺や神社を見て回る。アリアは珍しそうに周囲を眺めていた。
「こういう場所が、今も残っているんですね」
「日本は古いものを残しながら、新しいものも作る国だからな」
ヴィクターが答える。
アランも興味深そうに建物を見ていた。
「この建築技術、研究対象として面白そうですねぇ」
「今日は研究は禁止です」
エレンが即座に言った。
「旅行ですよ」
「分かってますよぉ」
アランが笑う。
その後も、一行は海を見たり、街を歩いたり、日本の料理を食べたりした。普段なら政治や軍事の話ばかりしているヴィクターたちにとって、それは珍しい時間だった。
そして、夕方。一行は温泉旅館へ入った。
「温泉か」
ヴィクターが建物を見上げる。
「今日は本当に観光だけですよ」
盟友が笑う。
「分かってる」
それぞれ部屋へ入り、しばらくして温泉へ向かった。
湯に浸かる。戦争の話もない。外交の話もない。軍の話もない。ただ、静かな時間だけが流れていく。
アリアも湯上がりの廊下を歩きながら、少し嬉しそうに笑っていた。
「こういう旅行、いいですね」
「そうだな」
ヴィクターも頷いた。
風呂上がり。一行がそれぞれの個室へ戻ると、一枚板の立派なダイニングテーブルに懐石料理が並べられていた。
「すごいな」
ヴィクターが思わず声を漏らす。
季節の料理が一品ずつ並んでいる。焼き物、煮物、刺身、椀物。どれも丁寧に盛り付けられていた。
席につくと、日本酒が用意される。
「乾杯するか」
盟友が盃を持ち上げる。
「何に?」
エリアスが聞く。
ヴィクターは少し考えた。
「日本旅行に」
全員が笑った。
「乾杯」
盃が小さく触れ合う。
料理を食べながら、日本酒を飲む。今日見た街の話。食べた料理の話。温泉の話。アランが途中で研究の話を始めれば、エレンが止める。
「また研究の話ですか?」
「いやぁ、ちょっとだけですよ」
「ちょっとだけが長いんです」
また笑い声が起きた。
ヴィクターも笑っていた。
戦場にいた頃には、こんな時間が来るとは思わなかった。大統領になってからも、国のことばかり考えていた。外交。軍事。経済。国境。いつも何かを決めなければならなかった。
だが、今夜は違う。ただ、美味しい料理を食べて、日本酒を飲む。くだらない話をする。それだけだった。
誰も肩書きを気にしていない。大統領も。議長も。研究者も。政治家も。今だけは、ただの旅行客だった。
食事が終わったあと。ヴィクターは一人で外へ出た。夜の庭には静かな風が吹いている。少し離れた場所にある東屋へ向かい、腰を下ろした。
灯りに照らされた庭を眺めながら、ヴィクターはゆっくりと盃を傾けた。
しばらくして。
「ここにいたんですね」
振り返ると、アリアが立っていた。
「眠れないのか?」
「いえ。ただ、少し外に出たくなって」
アリアが隣に座る。
ヴィクターは手にしていた盃を見る。
「いっぱいやるか」
アリアが微笑んだ。
「ええ」
ヴィクターが酒を注ぐ。
二人は東屋で、並んで庭を眺めた。
何も話さない。
国のことも。
戦争のことも。
政治のことも。
ただ、時々盃を傾ける。
夜の静けさと、庭を渡る風。
言葉がなくても、不思議と気まずくはなかった。
二人は何も喋らないまま、それぞれの時間を過ごしていた。
それでも。
その時間は、二人にとって不思議なほど充実していた。
やがて、アリアが小さく息を吐く。
「……こういう時間、好きです」
「俺も」
ヴィクターは、それだけ答えた。
二人はまた、黙って盃を傾けた。
その夜。
戦争も、外交も、世界のことも忘れて。
二人はただ、同じ場所で静かな時間を過ごした。
しばらくして、ヴィクターが立ち上がった。
「そろそろ戻るか」
「ええ」
二人は東屋をあとにした。
翌日。一行は日本の国会関係者との会談へ向かった。
観光は終わる。
そして、ここからは国と国との話になる。
経済。技術。エネルギー。そして、これからの両国関係。
今回の日本旅行は、ただの観光では終わらなかった。
ヴィクターとアリアにとっても。そして、連邦と日本にとっても。
新しい関係を作るための、一つの一歩になろうとしていた。




