再会
アリアが連邦へ戻ってきた。前回とは違い、今回は政治的人質としてではない。自分の意思で訪れた、正式な視察だった。
目的は明確だった。復興、行政、経済、教育。そして、連邦がどのように七か国をまとめているのかを知ること。
到着した翌朝から、アリアの予定は埋まっていた。
「午前は地方行政局です。午後は工業地区、その後は教育施設へ向かいます」
「分かりました」
朝から夜まで、ほとんど休む時間はない。地方の役所を訪れて職員の話を聞き、復旧した道路や物流施設を視察する。工場では労働者から直接話を聞き、翌日は学校、その次は病院、さらに港や発電施設、研究施設へ向かった。
アリアは、どこへ行っても質問した。
「この予算はどこから出ているんですか?」
「地方政府です」
「中央からの補助は?」
「あります」
「どのくらい?」
担当者が資料を開くと、アリアは数字を一つずつ確認していく。夕方になって宿へ戻っても、そこで終わりではなかった。視察先でもらった資料を読み、翌日の予定を確認する。
そうして数日が過ぎても、ヴィクターとは一度も会わなかった。
「ヴィクター議長との面会は?」
ある日、アリアが担当者に尋ねた。
「まだ予定には入っていません」
「そう」
アリアは資料へ目を戻した。
「議長も忙しいのでしょうね」
「公務が多いですから」
「分かっています」
そう答えながらも、アリアは少しだけ考えていた。
別に、ヴィクターに会うためだけに来たわけではない。今回の目的は視察だ。実際、見たいものも聞きたいことも山ほどある。
だから、会えなくても問題はない。
そう思っていた。
数日後、アリアは軍の施設を訪れていた。
「ここでは、国境警備部隊の訓練を行っています」
担当者の説明を聞きながら、アリアは訓練場を眺める。
「戦争が終わってからも、軍はかなり大きくなったのですね」
「はい。ただし、防衛が中心です」
「周辺国との関係は?」
「情報共有や共同訓練も増えています」
アリアは頷いた。
以前、政治的人質として連邦に滞在していた頃とは違う。あの時よりも、連邦はさらに変わっていた。
説明を聞きながら、アリアは訓練場の兵士たちを眺めた。
「……BAも、こういうところにいたのかしら」
何気なく口にした言葉だった。
「BA?」
担当者が振り返る。
「いえ」
アリアはすぐに首を振った。
その時だった。
「アリア?」
聞き覚えのある声に、アリアが振り返る。
そこに、盟友が立っていた。
「……お久しぶりです」
「久しぶりだな」
盟友は、懐かしそうに笑った。
「今、BAって言ったか?」
「……言いました」
「そうか」
盟友は少し考えると、何でもないように言った。
「なら、ちょうどいい」
「何がですか?」
「ヴィクターも近くにいる」
アリアの表情が、ほんの一瞬だけ変わった。
「そうなんですか?」
「ああ。ただ、あいつも仕事で忙しいみたいだ」
「私も忙しいです」
「だろうな」
盟友が笑う。
「だから、仕事じゃないところで会えばいい」
「え?」
「飯でも食おう」
アリアは少し迷った。
だが。
「……お願いします」
その日の夜。
小さな食事の席が用意された。
場所は店ではなく、政府関係者が使う静かな部屋だった。参加するのはヴィクター、アリア、そして盟友の三人だけ。
扉が開く。
ヴィクターが入ってきた。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
アリアが立ち上がる。
二人は向かい合った。
前に会った時とは違う。
今回は政治的人質として連れてこられたわけではない。監視されているわけでもない。ただ、自分たちの意思で同じ場所にいる。
「視察はどうだ?」
「忙しいです」
「そうか」
「本当に忙しいですよ」
アリアが少し笑う。
「毎日、朝から夜まで予定があります」
「熱心だな」
「知りたいことが多いので」
「そうだろうな」
料理が運ばれてくる。
三人で食事を始めた。
アリアは、視察先で見たものについて話した。道路、学校、病院、工場、地方行政。ヴィクターは、それぞれの質問に答えていく。
「地方によって、かなり違うんですね」
「ああ」
「それでも、中央との連携は思ったより強いです」
「そこはかなり時間をかけた」
「どうやって?」
「最初は何度も揉めた」
「そうでしょうね」
アリアが笑う。
ヴィクターも、少し笑った。
それからも話は続いた。
ただ、不思議なことに、話題はなかなか深いところまで進まなかった。
アリアが質問する。
ヴィクターが答える。
そこから別の話になる。
また食事をする。
特別なことは、何も起きなかった。
それでも。
アリアは不思議と落ち着いていた。
ヴィクターも、普段より口数が多かったわけではない。むしろ、いつもと変わらない。
なのに。
何となく気分が軽かった。
「前に来た時より、街がかなり変わりましたね」
「ああ」
「私の国も、こうできるでしょうか」
「時間はかかる」
「やっぱり?」
「ああ。でも、できないとは思わない」
アリアは、その言葉を聞いて頷いた。
「……そうですか」
しばらく沈黙が続いた。
だが、気まずくはなかった。
何も話さなくても、同じ場所にいることが妙に心地よい。
やがて食事が終わった。
「今日は、ありがとうございました」
アリアが言う。
「こちらこそ」
ヴィクターが答えた。
「明日も視察か?」
「はい」
「大変だな」
「自分で決めたことですから」
「そうか」
二人は、また少し笑った。
「では、また」
「ああ」
アリアが部屋を出ていく。
ヴィクターは、その背中を見送った。
扉が閉まる。
部屋には、ヴィクターと盟友だけが残った。
盟友が、少し笑った。
「満更でもなさそうだな」
ヴィクターは、しばらく黙っていた。
そして。
「そうだな」
それだけ答えた。
盟友は、それ以上何も言わなかった。
ヴィクターも、もう一度だけ閉じた扉を見る。
久しぶりの再会だった。
話は、それほど進まなかった。
それでも。
二人にとっては、なぜか、それで十分だった。




