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『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


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食卓

 連邦に来てから、数日が過ぎた。


 アリアは、少しずつ街を歩くようになっていた。最初は護衛を意識していたが、数日もすると、どこまで自由に動けるのかも分かってきた。


 街を見るたびに、疑問が増えていく。


 なぜ電柱がないのか。なぜ道路がこれほど整っているのか。なぜ戦争を経験した国なのに若者が多いのか。なぜ人間とAIが、これほど自然に一緒に働いているのか。


 議員として国を見てきたアリアにとって、それは単なる観光ではなかった。街の一つ一つが、連邦政府の政策の結果に見えていた。


 そんなある日の夕方。


 アリアはエリアスから食事に招かれた。


「今日は、ヴィクターや何人かの政府関係者も一緒です」


「分かりました」


 案内された部屋には、エリアス、ヴィクター、盟友、そして数人の政府関係者がいた。


 料理が運ばれてくる。


 肉料理、魚料理、野菜、パン、スープ。


 アリアは料理を見て、少し意外そうな顔をした。


「もっと質素なものを想像していました」


「人質だから?」


 エリアスが尋ねる。


「……はい。戦争をした国ですから」


 盟友が笑った。


「そんなことするか」


 アリアも少し笑い、スープを一口飲んだ。


「……美味しい」


「口に合いましたか?」


「はい。味が濃すぎないですね」


「素材の味を残すようにしています」


 アリアは魚料理にも箸を伸ばした。


「この魚は?」


「国内のものです」


「養殖?」


「天然です」


「どこで獲れたものですか?」


 産地を聞いたアリアは、魚をもう一口食べた。


「美味しいですね。輸入品ではないんですか?」


「魚については、国内漁業と養殖、それに一部輸入です」


「野菜は?」


「ほとんど国内です」


「穀物は?」


「輸入にも頼っています」


 アリアは料理を見ながら頷いた。


「なるほど。全部を自給しているわけではない」


「そうですね」


「それでも、戦争中に食料が止まらなかった?」


 エリアスが答える。


「苦しい時期はありました。でも、農業だけではなく、道路、港、冷蔵設備、物流まで整備してきました」


「食料を作るだけではなく、運ぶところまで考えた?」


「はい」


 アリアは納得したように頷いた。


「議員として見ると、そこが重要ですね。食料政策というより、物流政策まで含めた食料安全保障になっている」


 ヴィクターが少し笑った。


「食事中でも仕事か?」


「こういうところを見るのが癖なんです」


「議員らしいな」


 その時、酒が運ばれてきた。


「こちらもどうぞ」


 アリアはグラスを手に取り、香りを確かめてから口に含んだ。


「……強いですね」


 盟友が笑う。


「慣れてないか?」


「お酒は飲みます」


 もう一口。


「でも、これは面白い味です」


「どう違う?」


「香りは軽いのに、後から残ります。食事にも合いますね」


「国内の酒です」


「原料も?」


「国内産が中心です」


「輸出は?」


「少しずつ増えています」


 アリアはグラスを見た。


「酒も輸出産業として育てているんですか?」


「規模はまだ大きくありません」


「でも、観光と組み合わせられますよね」


 アリアは少し考える。


「酒蔵、農業、料理、宿泊施設。地域全体で売れば、地方の雇用にもなる」


 エリアスが笑った。


「やっぱり政策の話になりますね」


「すみません」


「いや。面白いです」


 アリアは酒をもう一口飲んだ。


「酒税はどうしています?」


 ヴィクターが笑う。


「そこまで聞くか」


「重要ですよ。国内産業を育てたいなら税率も関係します」


「現在は産業育成と税収の両方を見ながら調整しています」


「輸出品には?」


「国内消費とは別に考えています」


 アリアは頷いた。


「なるほど」


 食事をしながらでも、アリアの頭の中では、この国の政策が少しずつつながっていった。


 しばらくして、アリアは窓の外を見る。


「やっぱり、電柱がありませんね」


「気になるか?」


 ヴィクターが聞く。


「かなり。私の国では普通ですから」


「戦争で街が壊れた時に、復興と一緒に地下へまとめた場所が多い」


「電気だけですか?」


「通信と水道もだ」


「費用はかなりかかったでしょう」


「ああ」


「それでも、やった」


「一度壊れたからな。次に同じことが起きても、復旧しやすい街にしたかった」


 アリアは少し考えた。


「短期的な復興より、長期的な維持を優先したんですね」


「そういうことだ」


「道路も新しい」


「壊れた場所は作り直した」


「公共交通も?」


「増やした」


「交通管理にはAIを?」


「使っている」


 アリアは窓の外を見た。


 静かに走る車。整った道路。夜でも歩いている人々。


「都市そのものを作り直したんですね」


「そうだ」


 アリアはしばらく黙った。


「戦争で壊れた街を、そのまま元に戻したわけではない」


「ああ」


「もっと違う街にした」


「そういうことだ」


 それが、アリアには印象的だった。


「平均年齢が二十代なのも驚きました」


 エリアスが答える。


「戦争の影響もあります」


「でも、それだけではない?」


「最近は出生率も上がっています」


「二・五程度?」


「はい」


「どうして、そこまで上がったんですか?」


「子供を育てやすくしたからです」


 エリアスは、児童手当、医療、教育、保育、住宅支援、育児休暇について簡単に説明した。


 アリアは黙って聞いていた。


「子供を持つことを、家庭だけの負担にしない」


「そういう考え方ですか?」


「はい」


「私の国でも、参考になるかもしれません」


 エリアスが頷く。


「必要なら資料を渡します」


「お願いします」


 アリアは、議員としての顔で頷いた。


「化石燃料についても聞いていいですか?」


「どうぞ」


「資源国なのに、国内ではあまり使っていないんですよね?」


「以前よりかなり減らしています」


「では、採掘したものは?」


 エリアスが答える。


「この国では、化石燃料は輸出して外貨を得る手段の一つでしかありませんから」


 アリアは少し驚いた。


「資源を売って、その資金で別の産業を育てる」


「そうです」


「資源そのものに依存しない?」


「それが理想です」


 アリアはグラスを置いた。


「面白いですね」


「何が?」


「普通なら、資源がある国ほど資源に頼るでしょう」


「我々も、以前はそうでした」


 ヴィクターが答えた。


「戦争で、それでは危ないと分かった」


 アリアはヴィクターを見る。


「だから変えた」


「ああ」


「この国は、戦争を経験してから政策そのものが変わったんですね」


 ヴィクターは少し考えた。


「全部が変わったわけじゃない」


「でも、変える必要があるものは変えた」


 アリアは、その言葉を静かに聞いていた。


 その時だった。


 盟友がヴィクターに声をかける。


「BA、これ取ってくれ」


 ヴィクターが皿を取る。


「はい」


 アリアが顔を上げた。


「……BA?」


 盟友が「あ」と声を漏らした。


「そうか。まだ話してなかったな」


 アリアはヴィクターを見る。


「どうしてBAと呼ばれているんですか?」


 ヴィクターは少し黙った。


 盟友が答える。


「こいつ、元々孤児なんですよ」


「孤児……?」


「ああ。家族も、生まれた場所も、正確には分かっていない」


 アリアはヴィクターの黒い髪と青い目を見る。


「じゃあ、本当の名前は?」


「分からない」


 ヴィクターが答える。


「ずっとBAと呼ばれてきた」


「どうして、その名前に?」


 盟友が笑う。


「髪の色と目の色からです」


「髪?」


「Black hair」


「目は?」


「Azure eyes」


「その頭文字を取って、BAです」


 アリアは少し驚いた。


「それが名前になったんですか?」


「ああ。最初は、ただの呼び方だった」


 ヴィクターがグラスを置く。


「でも、ずっとそう呼ばれてきたからな。気づいたら、それが俺の名前みたいになっていた」


「ヴィクター・ヘイルという名前は?」


「後からもらった」


「正式な名前が必要になったからですか?」


「ああ」


 アリアは少し笑った。


「では、BAの方が長い付き合いなんですね」


 盟友が笑う。


「俺たちにとっては、その方がしっくりくる」


「そうだな」


 ヴィクターも笑った。


 アリアは少し迷ってから聞いた。


「私も、BAと呼んでも?」


 ヴィクターは一瞬だけアリアを見る。


「好きに呼べばいい」


「では……BA」


 ヴィクターは少しだけ笑った。


 アリアにとって、ヴィクター・ヘイルという人物が、ほんの少しだけ近くなった気がした。


 食事が終わる。


 アリアは席を立った。


「今日は、ありがとうございました」


「こちらこそ」


 エリアスが答える。


 アリアは部屋を出た。


 廊下を歩きながら、今日の会話を思い返す。


 食事の味。


 酒の香り。


 電柱のない街。


 地下に埋められたインフラ。


 AIと人間が暮らす社会。


 子供を育てるための政策。


 資源を売り、その金で別の産業を育てる考え方。


 どれも、ただの街の特徴ではなかった。


 この国が戦争の後に、何を選んできたのか。


 それが、街のあちこちに残っていた。


 ここへ来る前、アリアはただ、生きて帰ることだけを考えていた。


 今は違う。


 帰りたい。


 もちろん、その気持ちはある。


 でも。


 帰る前に、もっと知りたい。


 この国がどうやって立ち直ったのか。


 何を変えたのか。


 何を捨てて、何を残したのか。


 そして。


「議員として、持って帰れるものがあるかもしれない」


 アリアは小さく呟いた。


 窓の外には、夜の街が広がっている。


 戦争で壊れた街。


 それでも今は、多くの人間が普通に暮らしている。


 アリアは、その明かりをしばらく眺めていた。


「私の国も……」


 小さく息を吐く。


「いつか、こうなればいい」


 それが、人質として連邦へ来たアリアが初めて、この国を見て、自分の国の未来について考えた夜だった。

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