初対面
飛行機が、連邦の空港へ着陸した。
窓の外を見たアリアは、思わず息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、自国よりもはるかに近未来化された都市だった。
空港から続く道路には、自動運転車両が静かに走っている。高層ビルの壁面には情報表示が浮かび、歩道では小型のサービスロボットが人々の間を行き交っていた。
そして、アリアはもう一つの違いに気づいた。
「……電柱がない」
「はい」
随行員が答える。
「主要都市では、電力線や通信線のほとんどが地中化されています」
「全部、地下に?」
「電力、通信、水道などを共同溝で管理しています」
アリアは窓の外を見た。
空には電線がない。
道路脇にも電柱がない。
それだけで、街の印象が大きく違って見えた。
「戦争の前から、こうだったんですか?」
「いいえ」
随行員は静かに答えた。
「戦争で街が大きく破壊されましたから」
「ヴィクター元大統領が復興を始めた時、以前の街をそのまま戻すのではなく、インフラから作り直したんです」
アリアは黙った。
戦争で壊れた街。
その跡地に、新しい都市を作った。
復興というより、再設計。
その言葉が一番近かった。
車は都市部へ入っていく。
そこで、アリアはさらに驚いた。
店では人間とAIが一緒に働いている。
病院ではAIが医師の診断を補助し、学校では教師がAIを使って授業をしている。
工場では、人間とロボットが同じ空間で作業していた。
アリアは、思わず呟いた。
「……人とAIが共存してるんだ」
「はい。連邦では、もう珍しいことではありません」
アリアは、しばらくその光景を見つめていた。
AIが人間を置き換えているというより、人間がAIを使って社会そのものを作り直している。
それが、この国の特徴なのかもしれない。
「若い人も多いですね」
アリアが言う。
「連邦の平均年齢は二十代です」
「そんなに?」
「戦争の影響もあります。上の世代が多く失われました」
アリアは、街を歩く若者たちを見る。
笑いながら歩く学生。
仕事へ向かう若者。
子供を連れた家族。
戦争で多くを失った国に生まれた、新しい世代だった。
「教育は?」
「識字率も、近年かなり向上しています」
「戦後、学校を急速に整備しました。都市部だけではなく、地方にもです」
「AIによる教育支援も導入しています」
アリアは頷いた。
「出生率は?」
「二・五です」
「……戦争の影響が残っているのに、人口は増えているんですね」
「はい」
随行員が少し笑う。
「現在の大統領であるエリアスは、子供を増やす政策にも力を入れています」
「政策で?」
「はい。子育て世帯への手当だけではありません」
「出産や育児に関する保障を整え、保育サービスを増やしました。教育費への支援もあります」
「医療、住宅、育児休暇などについても法整備が進んでいます」
アリアは、窓の外を見る。
公園で遊ぶ子供たち。
ベビーカーを押す若い夫婦。
学校へ向かう学生。
「だから、出生率が高い?」
「それも理由の一つです」
随行員は答えた。
「戦争で人口が減ったから増えた、というだけではありません」
「子供を育てたいと思う家庭が、実際に子供を育てやすい環境を作る」
「エリアス大統領は、その考えをかなり重視しています」
アリアは少し黙った。
戦争で失われた世代。
その後に生まれた新しい世代。
そして、その次の世代を増やそうとしている政府。
街を歩く子供たちが、さっきまでとは違って見えた。
車は、さらに進む。
やがて、巨大な公園の横を通った。
木々が多い。
都市の中心なのに、空気が澄んでいる。
「環境にも力を入れているんですか?」
「はい」
随行員が答える。
「二酸化炭素排出量は、OECD各国と比較して最も少ない水準です」
「再生可能エネルギー、電動交通、高効率設備、それからAIによるエネルギー管理が大きいですね」
アリアは、少し考えてから聞いた。
「では、石油や天然ガスは?」
「輸出しています」
「国内では?」
「もちろん使用します。ただ、主要なエネルギー源として依存しているわけではありません」
随行員は淡々と言った。
「この国では、化石燃料は輸出して外貨を得る手段の一つでしかありませんから」
アリアは、窓の外を見た。
資源国。
だが、資源だけに頼ってはいない。
戦争で壊れた街を作り直し、その過程で新しい技術と産業を取り込んだ。
その結果が、今の都市だった。
「……不思議な国ですね」
「そう思いますか?」
「はい。戦争をした国なのに、未来を見ている」
随行員が少し笑った。
「ヴィクター元大統領も、よく言っていました」
「何と?」
「戦争が終わったなら、次は国を作る番だと」
アリアは、その言葉を聞いて黙った。
やがて、車は大統領府へ入った。
現在の大統領は、エリアス。
かつてヴィクターの参謀として戦場にいた男だった。
今では、連邦の最高責任者として国を動かしている。
建物の中へ案内され、一つの部屋の前で止まった。
「こちらです」
扉が開く。
中には、一人の男が立っていた。
中東出身者としては、ごく普通の外見だった。
黒い髪。
褐色の肌。
派手な特徴はない。
街を歩いていても、特別に目立つような人物ではない。
だが。
その男は、連邦の大統領だった。
エリアス。
「ようこそ、連邦へお越しくださいました」
エリアスが、穏やかな声で言った。
「長旅でお疲れでしょう。まずは、お身体を休めてください」
「……ありがとうございます」
「滞在中の生活については、できる限り不自由のないよう手配しております」
アリアは少し驚いた。
人質として来た自分に対して、まるで正式な賓客を迎えるような対応だった。
「私は……人質ですよね」
「はい」
エリアスは否定しなかった。
「その事実を隠すつもりはありません」
「ですが、条約上の立場と、人としての扱いは分けるべきだと考えています」
アリアは黙ってエリアスを見る。
「安全上の制限はございます」
「しかし、必要以上に自由を奪うつもりはありません」
「仕事や勉強をすることもできます。必要なものがあれば、遠慮なく申し出てください」
「……どうして、そこまで?」
エリアスは少し考えた。
「あなたを傷つけても、何も良くなりません」
「それよりも、私たちが約束を守ることの方が重要です」
「これは、私たちが決めた停戦条件でもあります」
アリアは、しばらく何も言えなかった。
「今日は難しい話をする必要はありません」
エリアスは穏やかに続ける。
「まずは、この国でゆっくり過ごしてください」
「そして、落ち着いてから、これからのことを考えましょう」
アリアは、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
エリアスは、丁寧に頭を下げた。
「ようこそ、アリアさん」
その言葉に、アリアはほんの少しだけ表情を緩めた。
だが。
恐怖が消えたわけではない。
殺されるかもしれない。
自由を奪われるかもしれない。
奴隷のように扱われるかもしれない。
空港へ着いてから抱えていた不安は、まだ胸の奥に残っている。
それでも。
目の前の大統領は、その恐怖を煽るような人間ではなかった。
アリアが少し深く息を吐いた、その時。
「大統領」
扉の外から声がした。
ヴィクターだった。
エリアスが顔を上げる。
「議長ですか?」
扉が開く。
黒い髪。
青い目。
ヴィクター・ヘイル。
元連邦大統領。
現在は、連邦議会議長。
そして。
エリアスにとっては、かつて戦場を共にした上官だった。
「エリアス」
ヴィクターが言う。
「時間だ。行くぞ」
「はい」
エリアスは自然に立ち上がった。
「アリアさんとのお話は、もうお済みですか?」
「ああ」
ヴィクターはアリアを見る。
「今日は休ませよう」
「分かりました」
エリアスはアリアへ向き直る。
「それでは、本日はこれで失礼いたします。どうかごゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
「何か必要なものがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「はい」
エリアスが軽く頭を下げる。
そして、ヴィクターの後を追う。
扉の前まで来たところで。
「エリアス」
「はい」
「行くぞ」
「はい」
二人が部屋を出ていく。
アリアは、その背中を見送った。
不思議な二人だった。
エリアスは現在の大統領。
ヴィクターは元大統領で、現在は連邦議会議長。
役職だけを見れば、立場は逆転している。
それでも。
ヴィクターが短く声をかけると、エリアスは自然に応じる。
そこには、長い戦場で築かれた上下関係が残っていた。
そして。
それは単なる上下関係ではなかった。
互いに国を支えるための信頼があった。
アリアは、二人が出ていった扉を見つめる。
自分がこれから過ごす国。
その国を作った元大統領。
そして、現在の大統領。
その二人が、どこか不思議な関係でこの国を動かしている。
アリアは、まだ知らなかった。
この二人との出会いが。
自分自身の未来を大きく変えることになるとは。




