アンノウン
夜が明けた。
連邦軍は、第3防衛ラインの手前で連合部隊の動きを監視していた。昨夜の戦闘で、連邦軍は押し込まれた。旧式の装備を使い、あえて弱く見せていた第3防衛ラインは、連合部隊の圧倒的な数の前に後退した。
だが、人的被害はなかった。そして今、連邦側には昨夜までになかったものがあった。戦闘データだった。敵の航空機、艦艇、通信、部隊の動き、判断の速度。それらすべてが連邦のAIに記録されている。
「敵艦隊、再び動き始めました」
若い参謀が報告する。
ヴィクターは画面を見る。
「第3防衛ラインへ来る?」
「その可能性が高いです」
エリアスが地図を見る。
「昨夜、こちらが下がったことで、向こうは自分たちが優勢だと判断しているようです」
ヴィクターはしばらく黙っていた。
「なら、ここからは違う」
その時、別の報告が入った。
「連合艦隊、接近!」
大型艦、護衛艦、航空機。海上には巨大な艦隊が広がっていた。その中心には、一隻の原子力空母がいる。連合部隊の象徴とも言える巨大艦だった。
「航空部隊、発進準備」
「了解」
連合艦隊の周囲で航空機が次々と飛び立つ。だが、連邦側から航空機は飛ばなかった。
「敵航空戦力、接近」
ヴィクターが画面を見る。
「……来るな」
その瞬間だった。
上空。誰にも気づかれない場所を、一つの影が通過した。衛星軌道。通常の観測では捉えることが難しい、連邦の極秘兵器だった。
ヴィクターの画面にだけ、一つの表示が現れる。
「目標確認」
アランからの通信だった。
「許可を」
ヴィクターは数秒だけ画面を見た。
「許可する」
次の瞬間。海上で、何かが起きた。
連合艦隊の中央で、巨大な爆発が起きる。
「……何だ?」
連合側の司令部が混乱した。
「空母に被害!」
「何による攻撃だ!」
「分かりません!」
「ミサイルか?」
「発射の確認がありません!」
「航空機は?」
「接近していません!」
「艦艇からの攻撃では?」
「該当する発射反応がありません!」
次々と報告が飛び交う。原子力空母が大きく傾いている。だが、レーダーには攻撃した兵器が映っていない。赤外線にも明確な発射源がない。衛星からも、攻撃の瞬間を確認できない。
「もう一度確認しろ!」
「確認しています!」
「何に攻撃された!」
「分かりません!」
誰も答えられなかった。ただ一つだけ分かっている。空母が攻撃された。そして、攻撃した何かは、もうそこにはいない。
「攻撃元を特定できません!」
司令部に報告が入る。
「距離は?」
「不明!」
「方向は?」
「不明!」
「発射地点は?」
「不明です!」
指揮官は言葉を失った。
連合側の記録には、ただ一つの分類だけが残った。
UNKNOWN
正体不明。攻撃方法不明。発射地点不明。兵器の種類不明。それでも、結果だけは明確だった。連合艦隊の主力空母が戦闘不能になった。
その直後。
「航空機!」
連合軍の航空部隊が、一斉に連邦へ向かう。数は多い。
「来ます」
エリアスが言う。
ヴィクターは静かに答えた。
「迎撃する」
その瞬間、海岸線の向こうから何かが空へ向かった。
レールガン。連邦が秘密裏に完成させていた新しい防空兵器。連合軍の航空機が、次々と撃墜されていく。
「何だ!」
「攻撃が見えない!」
「どこから撃っている!」
航空機が落ちていく。しかし、連合側には、それを撃ち落としている兵器の正体も分からなかった。
「レーダーに何か出たか!」
「一瞬だけです!」
「発射地点は?」
「特定できません!」
「地上部隊か?」
「分かりません!」
また、UNKNOWN。
何に撃たれたのか。どこから撃たれたのか。それすら分からない。ただ、空から航空機が消えていく。
そして、海中でも異変が起きた。
連邦最新鋭の核融合潜水艦が、静かに海中を進んでいた。その存在を、連合艦隊は知らない。潜水艦から魚雷が発射された。
数分後、連合艦隊の別の艦艇が大きく揺れた。
「攻撃を受けました!」
「どこからだ!」
「分かりません!」
「潜水艦は?」
「探知できません!」
別の艦が被害を受ける。さらに別の艦も。
「魚雷です!」
「発射地点は?」
「不明!」
「敵潜水艦の位置は?」
「分かりません!」
連合艦隊は、海の中に何がいるのかすら把握できなかった。ただ、艦艇が一隻ずつ減っていく。
空。海。そして、宇宙。三方向から攻撃された連合艦隊は、完全に混乱した。
「撤退!」
ついに連合側の指揮官が叫んだ。
「全艦撤退!」
「航空部隊も戻せ!」
「無理です!」
「なぜだ!」
「戦力が足りません!」
海上に炎と煙が広がっていた。連合艦隊は進めなかった。進めば、さらに失う。
しかも、何に攻撃されているのか分からない。これが最も恐ろしかった。
「未知の兵器なのか?」
「分かりません」
「連邦は、何を持っている?」
「分かりません!」
その言葉ばかりが、司令部に響いた。
分からない。何も分からない。攻撃元も、兵器も、射程も、数も。そして、その奥に何が待っているのかも。
連合部隊は撤退を決めた。艦艇が海域から離れていく。航空機が基地へ戻っていく。地上部隊も前進を止めた。
連邦軍は追わなかった。
ヴィクターは撤退していく艦隊を画面越しに見ていた。
「追撃しますか?」
若い参謀が聞く。
ヴィクターは首を横に振った。
「必要ない」
「ここまででいい」
エリアスが静かに頷く。
昨日まで、連邦は攻め込まれていた。だから守った。今日、連邦は攻撃を受けたことで、大義を得た。自国を守るための戦闘だった。それ以上でも、それ以下でもない。
だが。
連合側では、その夜、別の議論が始まっていた。
「核を使うという選択肢は?」
誰かが言った。
部屋が静まり返る。
「連邦を止めるには、それしかないかもしれない」
別の者が答える。
だが、すぐに反論が出た。
「どこに撃つ?」
「……」
「何に撃つ?」
「……」
「連邦の本当の戦力を、我々は把握しているのか?」
誰も答えなかった。
空母を一撃で戦闘不能にした兵器。正体の分からない航空攻撃。探知できない潜水艦。そして、それらが連邦の全戦力なのかどうかすら分からない。
「もし核を使っても」
一人が静かに言った。
「それで終わらなかったら?」
部屋の空気が重くなる。
核兵器は強力だ。だが、相手の戦力が見えない。どこに、何がいるのか分からない。そして、自分たちが核を使った瞬間、連邦が何を返してくるのかも分からない。
「……撃てない」
誰かが呟いた。
誰も否定しなかった。
核を使うという選択肢は、確かに存在した。だが、その選択肢を選べない。理由は、連邦のアンノウンだった。
何を持っているのか。どこまで持っているのか。最後に何が出てくるのか。誰にも分からない。
その日まで、世界には一つの常識があった。
核兵器を持つ国には、核兵器で対抗する。核兵器こそが、最後の抑止力だった。
だが。
その常識が、この日だけは崩れた。
核を持つ国が、核を持たない連邦を攻撃できなかった。
理由は一つ。
連邦が、何を持っているのか分からなかったからだ。
それは、兵器の強さだけではない。
見えない。測れない。予測できない。
だから、攻撃できない。
その瞬間。
世界の軍事史が、静かに変わった。
核兵器とは別の抑止力が、初めて生まれた。
その名は。
アンノウン。




