第1波
その夜。
連邦各地は、静まり返っていた。
国境の向こうでは、連合軍が動いている。だが、まだ本格的な攻撃は始まっていなかった。
午前二時。
突然、司令部の警報が鳴り響いた。
「アラート!」
眠っていた兵士たちが、一斉に起き上がる。
「何が起きた?」
ヴィクターが司令室へ入る。
画面には、赤い表示が並んでいた。
「連合艦隊、接近!」
「どこまで来ている?」
「第3防衛ラインです!」
ヴィクターが画面を見る。
海上から、連合軍の艦隊が接近していた。同時に、複数の方向から航空戦力と地上部隊も動き始めている。
「始まったか」
エリアスが呟く。
ヴィクターは、短く答えた。
「迎撃」
連邦の第3防衛ラインが動き始めた。
そこに並んでいるのは、古い装甲車。旧式の輸送車。古い砲。そして、AK-47を持った兵士たち。
連合軍から見れば。
時代遅れの軍隊だった。
だが。
その兵士たちは、人間ではない。
人間と見分けがつかない戦闘ロボットだった。
そして、その背後では。
最新のAIが戦場を見ていた。
「接近を確認」
「迎撃開始」
戦闘が始まった。
だが。
「押されています!」
報告が飛ぶ。
「第3防衛ライン、後退!」
ヴィクターは画面を見つめた。
敵の数が多い。
実戦経験も、連合軍の方が多い。
連邦の兵器は高度だった。
だが。
この規模の戦争を経験したことがない。
「第3ラインを維持できません!」
「後退を許可」
ヴィクターは即座に判断した。
「第2防衛ラインの手前まで下がれ」
連邦軍は後退する。
旧式の兵器を持った兵士たちが、次々と防衛線の内側へ移動していく。
連合軍が押し込んでくる。
あと少しで、第2防衛ラインだった。
その時。
司令部の画面に、大量のデータが流れ始めた。
「何だ?」
エリアスが聞く。
「戦闘データです」
「どのくらい?」
「……多すぎます」
敵の動き。航空機。艦艇。車両。通信。天候。地形。
戦場で起きたあらゆる現象が、AIへ送られていく。
これまで連邦が持っていなかったもの。
実戦データだった。
研究院では、何年も仮想環境で戦闘を分析してきた。
だが。
現実の戦場は違う。
想定していなかった動き。
予測より速い判断。
予測より遅い反応。
人間の行動。
敵の判断。
そのすべてが、連邦のAIに記録されていく。
研究院。
アランの前にも、同じデータが届いていた。
「……なるほど」
アランは画面を見つめる。
次々とデータが追加されていく。
「これなら」
エレナが隣を見る。
「何が分かりました?」
アランは、少し笑った。
「旧式装備でも、押し戻せます」
「本当に?」
「ええ」
アランは画面を操作する。
「これまで足りなかったのは、性能じゃない」
「経験です」
実戦で得たデータ。
それをAIが分析する。
戦場の変化を学習する。
そして。
各部隊へ新しい指示が送られていく。
「アップデート、準備完了」
「実行します」
一瞬。
すべての通信が切り替わった。
「アップデート完了」
司令部に報告が入る。
ヴィクターは画面を見る。
さっきまで後退していた第3防衛ラインの動きが変わった。
「……何だ?」
エリアスが画面を確認する。
「敵の進行速度が落ちています」
「こちらは?」
「戻しています」
ヴィクターは、黙って画面を見る。
連邦軍が、少しずつ前へ出始めた。
旧式の装備。
古い車両。
見た目だけなら、何も変わっていない。
だが。
中身は違った。
戦場を経験したAI。
戦場を学習したロボット兵士。
戦況に合わせて変化する指揮系統。
連合軍が押し込んだはずの第3防衛ラインで。
今度は逆に、押し返され始めた。
「巻き返しています!」
兵士が叫ぶ。
ヴィクターは、静かに息を吐いた。
「……そうか」
だが。
まだ終わっていない。
連合軍の攻撃は続いている。
それでも。
最初の勢いは失われていた。
やがて。
夜が明け始める。
連合軍は、これ以上の前進を止めた。
第2防衛ラインには。
届かなかった。
第3防衛ライン。
そこから先へは。
進ませなかった。
司令室に、静かな時間が戻る。
「人的被害は?」
ヴィクターが聞く。
担当者が、すぐに答えた。
「ありません」
「ゼロか?」
「はい。人的被害は皆無です」
ヴィクターは、少しだけ黙った。
戦場には、確かに損傷した兵器がある。
破壊された装甲車もある。
失われた機体もある。
だが。
兵士の死体は、一つもない。
そもそも。
第3防衛ラインに立っていた兵士たちは、人間ではなかった。
人間と見分けがつかないロボットだった。
ヴィクターは、その事実を確認する。
「……人的被害はゼロ」
「はい」
エリアスが続ける。
「装備の損失はあります。ただ、人員の損失はありません」
ヴィクターは地図を見る。
押し込まれた。
それでも、第2防衛ラインの手前で止めた。
そして。
人的被害はゼロだった。
その代わり。
連邦は、大量の実戦データを手に入れた。
これは勝利というより。
最初の実戦を生き残ったということだった。
研究院では。
アランが、まだ画面を見ていた。
「……これで、次はもっと強くなれますねぇ」
エレナが頷く。
「はい」
アランは、小さく笑った。
「じゃあ、次に備えましょう」
外では。
まだ連合軍の艦隊が動いている。
戦争は終わっていない。
だが。
最初の夜を越えたことで。
連邦軍は初めて。
自分たちが持つ本当の力を。
少しだけ理解し始めていた。




