↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/186

疑惑と孤立

数年が過ぎた。ヴィクターは大統領を退いていた。今は連邦議会の議長として、七か国の代表をまとめている。連邦では、その間にも近未来化が進んでいた。ヴィクターの国を中心に高層都市が増え、高速鉄道、港湾、電力網、通信網が連邦全体へ広がっている。研究院から生まれた技術は企業を通じて産業へ流れ、新しい工場が次々と建設されていた。


 軍も変わっていた。衛星、監視システム、防空網、無人機、通信、艦艇、輸送機。それらは一つの指揮系統につながり、小型核融合炉による安定したエネルギー、新素材、AI、自動化された生産設備、高性能半導体が、その軍事技術を支えていた。


 さらに、連邦軍にはもう一つ、大きな特徴があった。


 兵士だった。


 正確には、人間にしか見えない兵士だった。


 遠くから見ても、近くから見ても、人間と区別できない。普通に歩き、話し、銃を持ち、仲間と行動する。疲労も見せず、恐怖で判断を乱すこともない。しかし、その正体は高度な戦闘ロボットだった。


 連邦軍は、あえてそれを隠していた。


 敵に見せる最初の戦力は、旧式だった。AK-47系の小銃、旧式装甲車、古い軍用トラック。見た目だけなら、数十年前の軍隊と変わらない。


 だが、指揮系統だけは違った。


 衛星が空を見る。地上レーダーが周辺を監視する。海洋監視システムが艦艇を追跡する。無人機が前線を確認する。そして、それらの情報を最新のAIが統合する。


 最終的な判断をするのは人間だが、戦場の情報を集め、整理し、各部隊へ伝える速度は、これまでの軍隊とは比較にならなかった。


 そして連邦には、世界に公開していない戦略技術も存在していた。核兵器ではない。核兵器を必要としないほどの防衛能力だった。


 そんなある日、世界中のニュースが一斉に同じ話題を報じ始めた。


『連邦、核開発を進めている疑い』

『NPT遵守に重大な懸念』

『連邦の秘密研究施設で核兵器開発か』


 発端は、連邦北部で建設されていた研究施設だった。表向きの目的は新型エネルギー技術の研究。しかし、海外の情報機関が衛星写真を分析すると、地下に大規模な研究区画が存在することが確認された。


「この地下施設は何だ?」


「連邦政府は、エネルギー研究施設だと説明しています」


「規模が大きすぎないか?」


 施設には大型の電力設備、冷却設備、精密な研究装置、特殊素材を扱う設備が集中していた。周辺には大規模な発電設備も建設され、警備も厳重だった。


「核関連施設の可能性は?」


「否定できません」


 それだけだった。核兵器開発を示す決定的な証拠はなかった。しかし、連邦の急速な技術発展も同時に注目されていた。衛星、防空、無人機、通信、新型艦艇、高度な監視システム。さらに、小型核融合炉まで実用化したとされるエネルギー技術。


「これだけの技術力があるなら、核兵器を作る能力もあるのでは?」


 最初は、それだけだった。だが、「核兵器を作れる可能性がある」という評価は、いつの間にか「核兵器を開発している可能性がある」へ変わっていった。


 さらに、匿名の情報提供が入った。


「連邦は核関連技術を秘密裏に研究している」


 確かな証拠はなかった。それでも、すでに疑惑を持っていた情報機関にとっては無視できない情報だった。衛星、通信、輸送、企業、研究施設、研究者。あらゆる情報が集められていく。そして、ある国の情報評価にこう記された。


『連邦が核兵器開発を行っている可能性を排除できない』


 それは断定ではなかった。だが、政治の世界では十分だった。報告書が外交関係者へ流れ、議会へ流れ、メディアへ流れ、世界中へ広がっていった。


『連邦、核開発か』

『秘密研究施設の実態に疑惑』

『NPT遵守に重大な懸念』


 連邦政府はすぐに否定した。


「核兵器を保有していない」

「NPTを遵守している」

「問題の施設は、新型エネルギー技術の研究施設だ」


 だが、世界は納得しなかった。


 その頃、連邦の研究院では、まったく別の会話が行われていた。


「核兵器?」


 アランが報告書を見ていた。


「何で今さら?」


 エレンが隣から資料を見る。


「世界では、かなり大きな問題になってるみたい」


「そうなんだ」


 アランは少し考えた。


「でも、核なんて必要ないですよ」


「……まあ、そうだね」


 エレンも苦笑した。


 研究院では、すでに小型核融合炉の実用化に成功していた。さらに連邦には、核兵器を必要としないだけの戦力がある。見ることができる。判断することができる。守ることができる。そして、それを自分たちで生産し続けることができる。


 ただし、その戦力はまだ完成していなかった。


 兵器の性能は高い。AIもある。ロボット兵もある。だが、数が足りない。そして、実戦経験がほとんどない。


 連邦軍は、強かった。


 しかし。


 まだ、戦争を知らなかった。


 核兵器を一発持つより、連邦にとっては、この戦力体系の方がはるかに重要だった。


 ヴィクターも、そのことを理解していた。


「皮肉だな」


 議長室で、ヴィクターが言う。


 エリアスが資料を見る。


「何がです?」


「核を作っていないから、核を作っていると疑われる」


「……逆ですね」


「ああ。本当は、核なんか必要ない」


 ヴィクターは窓の外を見る。


「でも、それを説明するわけにはいかない」


「はい」


「だから、世界から見れば、何を隠しているのか分からない」


 ヴィクターは静かに息を吐いた。


「嫌な状況だな」


 翌日、最初の経済制裁が発表された。


『連邦に対する金融制限を開始する』

『先端技術の輸出を停止』

『軍民両用技術の輸出を制限』

『連邦企業との取引を再検討』


 一国。また一国。制裁を発表する国が増えていった。連邦の銀行が国際金融市場から締め出され、海外企業との契約が凍結される。輸入許可も厳しくなり、それまで連邦へ流れていた資金が急速に細くなった。


 その影響は日本にも届いた。


 黒崎の自宅に、一通の書類が届く。


「政府から?」


 美咲が聞く。


「ああ」


 黒崎は封筒を開いた。東方カンパニーの連邦関連事業について、政府からの警告だった。連邦との取引、関連企業への出資、資金の流れ、新規事業。いくつもの項目が並んでいる。


「撤退を求めてるの?」


「まだ正式な命令じゃない」


 黒崎は最後まで読む。


「でも、次が来るな」


 その夜、投資会社「黒崎」の四人が集まった。


「政府から、かなり強い圧力が来ています」


「東方カンパニーへの連邦関連事業の停止要請が来る可能性があります」


「新規投資だけではなく、既存事業も見直しになるかもしれません」


 黒崎は黙って聞いていた。


「どうする?」


 一人が聞く。


 黒崎は少し考えた。


「法律に従う」


「つまり?」


「撤退する」


 四人が黙る。


「東方カンパニーは?」


「必要なところから整理する」


「分かりました」


 翌週、東方カンパニーが連邦における新規投資を停止し、新規契約を見送ると発表した。既存事業についても、各国政府の要請と法令に従い、順次見直すことになった。


 連邦国内では、工場、物流、資源開発、通信など、いくつもの計画が延期されていった。


 その報告を聞いたヴィクターは、しばらく黙っていた。


「黒崎か」


「おそらく」


 エリアスが答える。


「政府から圧力があったのでしょう」


「仕方ない」


 ヴィクターは言った。


「彼らにも、守るものがある」


 盟友が拳を握る。


「これで、かなり苦しくなるぞ」


「ああ」


 だが、ヴィクターは窓の外を見た。連邦の街はまだ明るかった。工場も動いている。高速鉄道も走っている。研究施設にも灯りがついている。


「それでも、俺たちはここまで来た」


 連邦は、東方カンパニーが抜けた穴を国内企業で埋め始めた。研究院の技術、小型核融合炉、新素材、AI、自動化、半導体。そして数年間で育ててきた国内の工場。それらをつないでいく。


 以前より時間はかかった。だが、少しずつ自力で生産できるものが増えていった。


 軍も同じだった。


 表向きの装備は、しばらく変えなかった。


 連邦軍の兵士は、今日もAK-47を持っていた。


 古い装甲車に乗り、旧式の軍用車両を使う。


 海外の偵察衛星から見ても、連邦軍は古い装備を使っているように見える。


 だが、その兵士たちは人間ではなかった。


 人間と見分けがつかない戦闘ロボットだった。


 顔も、声も、動きも、人間とほとんど変わらない。普通に会話し、仲間と行動し、負傷した兵士を助ける。敵から見れば、普通の兵士にしか見えなかった。


 そして、その作戦指示だけは最先端だった。


 衛星。


 レーダー。


 無人機。


 海洋監視。


 通信。


 気象。


 地形。


 すべての情報がAIへ集められ、戦場全体が一つの画面に映し出される。


 人間の司令官が最終判断をする。


 だが、その判断を支える情報量と速度は、他国の軍隊とは比較にならなかった。


 連邦軍は、戦力を隠していた。


 第3防衛線では、旧式兵器しか使わない。


 敵に見せるのは、古い軍隊。


 それが連邦軍のカムフラージュだった。


 そして、その第3防衛線を越えられた時に初めて、第2防衛線が動く。


 そこでは最新型の火器、装甲車、無人機、防空兵器が投入される。


 さらに第1防衛線まで押し込まれた場合。


 そこから先は、ロボット兵の本格運用、無人戦闘車、最新航空戦力、電子戦、そして秘匿されている戦略兵器まで含めた、本当の連邦軍が現れる。


 まだ、その第1防衛線まで敵を入れたことはない。


 だから、世界は連邦軍の本当の姿を知らなかった。


 そして。


 数年かけて作ってきた軍は、まだ実戦を経験していなかった。


 そんなある夜。


 連邦議会に緊急報告が入った。


「複数の国で、軍事計画の見直しが始まっています」


 エリアスが報告する。


「目的は?」


「連邦への圧力です。ただ、それだけではありません」


 ヴィクターが顔を上げる。


「何が動いている?」


「複数国による共同軍事演習が増えています。さらに、周辺の港で軍用輸送船の動きが確認されています」


「演習だけじゃないのか」


「はい」


 エリアスが地図を広げる。


「航空基地への部隊移動。海軍艦艇の集結。補給物資の前進配備。衛星による連邦周辺の監視も増えています」


 ヴィクターは地図を見つめた。


「連合軍か」


「まだ正式な名称はありません」


「でも、同じ方向を向いている」


「はい」


 盟友が地図の一点を指した。


「ここは?」


「昨日まで民間港だった場所です。現在は軍用輸送船が入っています」


「こっちは?」


「航空機が増えています」


 ヴィクターは黙った。


 これは脅しではない。


 少なくとも、ただの脅しではなかった。


 数日後。


 さらに報告が入った。


「北部海域で艦隊が動き始めました」


「規模は?」


「複数国の艦艇です」


「航空部隊も?」


「動いています」


 ヴィクターは立ち上がった。


 窓の外には、いつもと変わらない連邦の街がある。高速鉄道が走り、工場から煙が上がり、学校では子供たちが授業を受けている。


 その向こうで。


 世界の軍隊が。


 少しずつ。


 連邦へ向かって動き始めていた。


「……始まったな」


 ヴィクターが呟く。


 エリアスが頷いた。


「ああ」


 盟友も立ち上がる。


「どうする?」


 ヴィクターは世界地図を見る。


 複数の国から伸びる軍の動きが、連邦の周囲へ集まり始めている。


「守る」


 それだけだった。


 その夜。


 連合軍の艦艇が、連邦周辺海域へ向けて進み始めた。空では軍用機が基地を離れ、陸では車列が国境へ向かう。補給部隊も動き出す。


 まだ、戦争は始まっていない。


 だが。


 世界の軍隊が。


 初めて。


 同じ目的で。


 連邦へ向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。