世界完全監視システム
ヴィクターの国。
政府地下施設。
ヴィクターは、エリアスとともに会議室にいた。七か国評議会の代表たちはいない。今日ここにいるのは、ヴィクターの国の政府関係者と、研究院の一部の研究者だけだった。
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは、アランだった。いつもの白衣。いつもの少し眠そうな顔。その手には、薄い資料が一枚だけあった。
「アラン?」
「はい」
「何かあったのか?」
アランは、少し考えた。
「完成しました」
ヴィクターが顔を上げる。
「何が?」
「世界完全監視システムです」
会議室が静かになった。
「……世界?」
「はい」
アランがスクリーンを見る。
世界地図が映し出された。
海。
陸地。
都市。
道路。
航空機。
船舶。
それまで別々に存在していた大量の情報が、一つの画面へ集まっていく。
「人工衛星。地上レーダー。海上監視。航空情報。気象情報。通信情報。地形データ」
アランは淡々と説明する。
「全部、つなぎました」
ヴィクターが画面を見る。
「ただ、つないだだけじゃないんだろ?」
アランが少し笑った。
「もちろんです」
画面が変わる。
「今までのシステムは、それぞれが別々に情報を見ていました。衛星は衛星。レーダーはレーダー。海上監視は海上監視」
「でも、それだと見落とします」
航空機。気象。通信。航路。衛星情報。それらが一つに重なる。
「このシステムは、何が起きているかを見るんじゃありません」
アランが言う。
「何が、おかしいかを見るんです」
ヴィクターの表情が変わった。
「異常検知?」
「そうです」
アランは頷く。
「世界には、普通の動きがたくさんあります。だから、全部を監視しようとすると、人間では無理です」
「でも、普通から外れたものだけを、システムが拾う」
エリアスが画面を見る。
「それなら、情報の量が増えても、人間が確認する場所を絞れる」
「そういうことです」
アランは楽しそうだった。
「しかも、過去のデータも使います。十年前。五年前。昨日。さっき。全部です」
画面上で、過去のデータと現在のデータが重なる。
「同じ場所で、同じことが起きている。でも、今回は一つだけ違う」
その違いをシステムが表示する。
「そこまで見つけます」
ヴィクターは画面を見つめた。
「地下は?」
「もちろん」
画面が切り替わる。
都市の地下構造が立体的に表示された。
「地下施設。地下道路。トンネル。空洞。大規模な人工構造物」
アランは説明する。
「地形データ、重力、振動、熱、過去の工事情報などを組み合わせます」
「見えない場所を直接見るわけじゃありません。いろんな情報から、存在する可能性を計算する」
地下構造が少しずつ浮かび上がる。
「そして、最も可能性が高い構造を表示します」
エリアスが呟いた。
「地下まで……」
「かなり分かります」
アランは平然としていた。
ヴィクターは、画面を見た。
「自然現象は?」
「そこも面白いですよ」
アランが画面を切り替える。
海が映し出された。
「台風です」
海水温の分布が表示される。
「海水温。海面の状態。大気。風。湿度。過去の台風データ」
それらが重なっていく。
「まだ台風が発生していない場所でも、発生しやすい状態になることがあります」
「その変化を早く見つけます」
「発生前から?」
「はい」
アランは頷いた。
「もちろん、必ず当たるわけではありません」
「でも、今までより早く警戒できます」
次に、陸地が表示された。
「地震もです」
地殻のデータが表示される。
「地殻変動。地盤の歪み。地下の変化。過去の地震データ」
画面の一部に異常値が表示される。
「地震を正確に当てるわけではありません」
「でも、異常が強くなっている場所を見つけられる」
「発生確率が上がっている地域を、早く警戒できます」
ヴィクターは黙って聞いていた。
「防災にも使えるな」
「はい」
アランは笑った。
「せっかく世界を見るんですから、戦争だけを見るのはもったいないです」
エリアスが聞く。
「犯罪は?」
アランは少し考えた。
「それもできます」
画面が都市へ切り替わる。
「交通。人の移動。通信。過去の犯罪発生場所。時間帯。異常な資金移動。不自然な物流」
「いろんな情報を重ねます」
都市の一角に警告が表示される。
「例えば、普段ほとんど人が集まらない場所に、特定の時間だけ大量の人間が集まる」
「周辺では通信が急に減る」
「近くで不自然な車両の動きがある」
「さらに、過去の犯罪パターンと一致する」
アランは画面を見る。
「そういう時に、警戒を出します」
「犯罪者を特定するのか?」
「違います」
アランは首を振った。
「怪しい状況を見つけるだけです。最後に判断するのは、人間です」
ヴィクターが頷く。
「それは重要だ」
「機械が勝手に人を犯人にしたら、怖いでしょう?」
ヴィクターは答えなかった。
世界を見る力が強すぎるからこそ、使い方を間違えれば自由を壊す力にもなる。
「だから」
アランが続ける。
「全部を見るけど、全部を一人に見せない」
「必要な情報だけを、必要な部署へ渡します」
「防災なら防災。医療なら医療。犯罪なら警察。軍事なら軍」
エリアスが頷く。
「権限を分ける」
「はい」
「誰か一人が、世界全部を見ることができないようにします」
ヴィクターは、しばらく黙っていた。
「この国だけで使う」
エリアスが顔を上げる。
「連邦には?」
「まだ出さない」
ヴィクターはスクリーンを見る。
「この技術は、今の段階ではこの国だけで管理する」
「研究院の存在も、システムの存在も外には出さない」
アランが頷く。
「分かりました」
ヴィクターは、さらに画面を見る。
世界地図。
海。
陸地。
都市。
地下。
航空機。
船舶。
そして。
まだ誰も知らない異常の兆候。
「これが完成したことは、世界には知られない」
ヴィクターは言った。
「連邦の他の国にも、今は知らせない」
「必要な時が来たら、その時に考える」
エリアスが頷いた。
アランは少し笑った。
「じゃあ、まだ秘密ですね」
「ああ」
だが。
「まだあります」
アランが言った。
スクリーンが暗くなる。
「重量兵器です」
軌道上にある巨大な装置が表示される。
「以前のもの?」
「はい」
「世界完全監視システムと接続しました」
エリアスが顔を上げる。
「つまり?」
「監視して、終わりじゃありません」
「必要なら、観測結果を防衛システムへ渡せます」
地下構造物。
海上の異常。
航空機の動き。
それぞれが、防衛側の情報として利用される。
「そして重量兵器は」
アランが続ける。
「軌道上から大きな質量を落とすことで、地下を含む巨大構造物へ大きな破壊力を与えられます」
会議室が静かになる。
「見つける力と、守る力がつながるわけか」
ヴィクターが言う。
「はい」
アランは頷いた。
「でも、僕はそこが一番大事だとは思ってません」
「じゃあ、何が一番重要なんだ?」
アランは少し考えた。
「見つけられることです」
「攻撃される前に」
「何かが起きる前に」
「何かがおかしくなった時に」
「先に気づける」
アランはスクリーンを見る。
「それが、一番強いと思います」
ヴィクターは、その言葉を聞いていた。
世界完全監視システム。
それは単純に、世界中を覗く装置ではなかった。
世界中の情報を一つに集め、過去と現在を比較し、正常と異常を見分け、地下や海中の見えないものまで推定する。
台風の兆候を捉え、地殻の変化を監視し、犯罪につながる異常な動きを早期に検知する。
そして、必要な情報だけを適切な人間へ渡す。
世界そのものを、一つの巨大な状態として理解するシステムだった。
「……世界を一つのデータとして見るのか」
ヴィクターが呟く。
「そうですね」
アランは笑った。
「世界って、全部つながってますから」
海の異常が、台風を生む。
台風が、港を止める。
港が止まれば、物流が止まる。
物流が止まれば、人の生活が変わる。
地震が起きれば、道路が止まる。
道路が止まれば、病院への輸送にも影響する。
犯罪が増えれば、人の移動が変わる。
人が動けば、都市も変わる。
世界は、一つずつ独立しているわけではない。
全部がつながっている。
そのつながりそのものを。
アランたちは。
見ることができるようになった。
その夜。
アランは研究院へ戻った。
若い研究者たちが、新しい研究を始めている。その多くは、アランの学校で学んだ若者たちだった。
「先生」
一人の青年が声をかける。
「何ですか?」
「次は何を作ります?」
アランは、少し考えた。
「うーん」
そして、いつものように少し笑った。
「まだまだ、作りたいものがありますねぇ」
研究室の灯りが、夜遅くまで消えることはなかった。
そして。
世界はまだ知らない。
ヴィクターの国の地下深くで。
世界を監視するシステムが。
静かに動き始めたことを。




