決断
連邦評議会の会議が開かれた。七か国の代表が一つのテーブルを囲み、中央には議長席に座るヴィクターがいた。議題は、連邦の安全保障と、近年急速に進んでいる技術開発についてだった。
「最初に、技術開発について確認します」
ヴィクターが口を開く。各国の代表は、資料に目を落としていた。半導体、AI、新素材、エネルギー、宇宙。連邦では、これまで世界に存在しなかった技術が次々と生まれている。しかし、そのすべてが各国へ共有されているわけではなかった。
「非公開の研究もあるのだろう?」
一人の代表が尋ねた。
「あります」
「軍事技術もか?」
ヴィクターは少し黙った。これまでなら、答えを避けていたかもしれない。しかし、連邦を一つの国として動かすなら、何もかも秘密にするわけにはいかない。
「あります」
会議室が静かになる。
「どのような兵器があるのかね?」
別の代表が聞いた。
ヴィクターは、七か国の代表を見渡した。
「具体的な構造や性能については、軍事機密です」
「だが、存在そのものまで隠すつもりはありません」
代表たちが顔を見合わせる。
「では?」
ヴィクターは、ゆっくり答えた。
「連邦には、核兵器を上回る破壊力を持つ兵器があります」
空気が止まった。
「……核より?」
「ああ」
「本当に?」
「本当です」
誰も言葉を発しなかった。
ヴィクターは続ける。
「ただし、これは他国を攻撃するための兵器ではありません」
「ならば、なぜそんなものを?」
「攻撃されないためです」
「そして、ここで存在を伝えるのは、皆さんを脅すためでもありません」
ヴィクターは、静かに代表たちを見る。
「我々は同じ連邦です」
「何も知らないままでは、互いを信用できない」
「だから、ここまでは伝えます」
「連邦には、世界の常識を変えるほどの軍事技術がある」
「しかし、その力を他国を支配するためには使わない」
しばらく沈黙が続いた。
その時。
タカ派の代表が口を開いた。
「それなら、話は簡単ではないか」
ヴィクターが見る。
「何が?」
「我々には、それほどの力がある」
「経済も成長している。資源もある。技術もある」
代表は資料を机に置いた。
「それなのに、連邦は自分たちの国境の中だけに閉じこもっている」
「周辺国は我々を警戒している」
「大国は我々の技術を狙っている」
「ならば、こちらから先に動くべきだ」
別のタカ派代表も立ち上がる。
「重要な港を確保する」
「資源地帯を押さえる」
「周辺国を連邦の影響下に置く」
「必要なら、新たな加盟国を増やす」
ヴィクターは黙って聞いていた。
「技術差がある今なら、相手はこちらに逆らえない」
「戦う必要はない」
「軍事力を見せればいい」
「それでも従わないなら?」
別の代表が聞く。
タカ派の代表は答えた。
「その時は、軍事力を使う」
会議室の空気が一気に重くなった。
「連邦の勢力を広げるべきです」
ヴィクターは、しばらく代表を見つめていた。
そして。
「分かりました」
静かな声だった。
「では、正式な提案として扱います」
タカ派の代表が顔を上げる。
「正式に?」
「ああ」
ヴィクターは議長席の前にある資料を見る。
「連邦として、周辺地域への勢力拡大を行うこと」
「そのために軍事力を使用する可能性を認めること」
「この二点について、正式に採決します」
会議室がざわめいた。
タカ派の代表が立ち上がる。
「賛成です」
「今こそ連邦が力を使う時です」
「我々には、それだけの力がある」
「恐れる必要はない」
反対側から声が上がる。
「反対します」
「なぜ?」
「我々が先に他国へ軍事的圧力をかければ、周辺国も大国も我々を脅威と見る」
「今まで築いてきた関係を壊すことになる」
別の代表も続ける。
「連邦は戦争を終わらせるために作った」
「他国を従わせるためではない」
賛成側からも声が飛ぶ。
「理想論だ」
「力があるなら使うべきだ」
「攻撃されてからでは遅い」
議論は激しくなっていった。
ヴィクターは口を挟まなかった。
議長として。
すべての意見を聞いた。
やがて。
最後の代表が発言を終える。
ヴィクターは時計を見る。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「これより採決を行います」
会議室が静まり返った。
七か国の代表が、それぞれの投票札を前にする。
「議題を確認します」
ヴィクターが読み上げる。
「連邦が周辺地域への勢力拡大を行うこと」
「そのために軍事力を使用する可能性を認めること」
「以上について、採決します」
最初の代表が投票札を掲げた。
「賛成」
一票。
二人目。
「賛成します」
二票。
タカ派の代表が、わずかに笑った。
三人目が立ち上がる。
会議室中の視線が集まる。
代表は投票札を見つめた。
「……賛成」
三票。
賛成側から、小さく息を吐く音が聞こえた。
四人目。
「反対します」
三対一。
五人目が立ち上がる。
誰も話さない。
「反対」
三対二。
タカ派の代表が腕を組む。
残りは二票。
六人目の代表が、ゆっくり立ち上がった。
投票札を握ったまま、しばらく動かない。
賛成か。
反対か。
誰もが、その手元を見ていた。
「……」
数秒の沈黙。
そして。
「反対します」
三対三。
会議室が完全に静まり返った。
最後の一人。
七人目の代表が立ち上がる。
その代表は、タカ派の代表を見る。
そして。
ヴィクターを見る。
最後の一票だった。
この一票で。
連邦の進む方向が決まる。
七人目の代表が、ゆっくり投票札を開く。
「反対です」
誰も動かなかった。
ヴィクターが結果を確認する。
「賛成三」
「反対四」
ヴィクターは、はっきり告げた。
「よって、本提案は否決します」
反対側から、静かな息が漏れた。
タカ派の代表は、しばらく投票結果を見つめていた。
しかし。
「……これで終わりではない」
低い声だった。
ヴィクターは、その言葉に答えなかった。
ただ、議長として次の資料を取り出した。
「では、次の議題に移ります」
机の上に置かれたのは、安全保障関連の予算と計画だった。
「複数の計画について、不自然な支出があります」
「港湾調査」
「国境付近の土地取得」
「周辺国の政治団体への資金提供」
「そして、非公式な軍事情報の収集」
タカ派の代表の顔が変わった。
「それは……」
「まだ、違法だとは言っていません」
ヴィクターは淡々と答えた。
「だから調べます」
エリアスが資料を受け取る。
「すでに関係者と資金の流れについて調査を始めています」
「いつからだ?」
タカ派の代表が聞く。
ヴィクターは答えなかった。
「必要な手続きに従って進めます」
「これは政治的な弾圧だ!」
代表が立ち上がる。
ヴィクターは静かにその代表を見る。
「反対意見を持つことは、犯罪ではありません」
「しかし、国の力を使うなら責任も必要です」
その日の会議は終了した。
だが、ここからタカ派への調査が本格的に始まった。
数日後。
議会の特別委員会が開かれた。
タカ派の議員や政府関係者が呼ばれる。
「この資金の流れについて説明してください」
「合法的な政治活動です」
「では、この海外組織への資金提供は?」
「……支援活動です」
「軍関係者との非公式な接触については?」
答えが止まる。
調査が進むにつれて、いくつもの問題が見つかった。
周辺国の政治団体への秘密資金。
軍事情報の不正な収集。
政府の承認を受けていない軍事計画。
そして、一部のタカ派議員が独自に進めていた、周辺地域への圧力計画。
それは単なる強硬な政治思想ではなかった。
実際に、法律や議会の手続きを無視して動いていた者がいた。
議会の空気が変わった。
「これは看過できない」
「連邦の法律に反している」
「処分が必要だ」
タカ派側からも、距離を置く議員が現れ始めた。
「我々は勢力拡大には賛成だった。しかし、違法な活動まで認めたわけではない」
少しずつ、タカ派の中でも意見が割れていった。
そして。
中心人物だった代表が、議会で追及されることになった。
「辞任するつもりはない」
本人は最後まで抵抗した。
「私は連邦のために動いた」
だが。
「連邦のためなら、法律を破っていいのか?」
議員の一人が問いかけた。
答えはなかった。
最終的に、議会で不信任案が提出された。
採決。
賛成多数。
タカ派の中心人物は、議会の役職を失った。
さらに、関係していた政府関係者も辞任した。
連邦の政治から、タカ派の中心勢力が大きく後退した。
しかし。
議会には、まだ空席が残っていた。
「次の代表を選ぶ必要があります」
議員たちが候補者の名前を見る。
その中に、これまで穏健派として活動してきた一人の代表がいた。
「彼を推薦します」
別の議員が言った。
「私も賛成です」
「私も」
支持が広がっていく。
そして。
正式な選出が行われた。
投票。
開票。
結果が発表される。
「賛成多数」
穏健派の代表が立ち上がった。
「ありがとうございます」
短い言葉だった。
「私は、連邦を強くしたい」
議会が静かになる。
「しかし、それは他国を支配することで実現するものではありません」
「経済を強くする」
「技術を育てる」
「人を育てる」
「そして、互いに守れる関係を作る」
議員たちが耳を傾ける。
「我々には、力があります」
「だからこそ、その力を慎重に使わなければならない」
拍手が起きた。
ヴィクターは議長席から、その光景を見ていた。
エリアスが隣に立つ。
「終わりましたね」
「いや」
ヴィクターは首を横に振った。
「始まったんだ」
「何がです?」
「連邦が、本当に一つの国として動けるかどうかだ」
ヴィクターは議会を見渡した。
七か国。
七つの政府。
七つの文化。
それでも。
今日。
一つの議会が。
自分たちの意思で。
連邦の進む方向を決めた。
力を持つ。
だが。
力で他国を従わせない。
それが。
この連邦の選んだ道だった。




