守るための力
連邦の技術が、世界の常識を追い越し始めていた。
半導体。AI。新素材。エネルギー。通信。そして宇宙。どの分野でも、連邦は急速に力をつけていた。
最初、世界はそれを歓迎していた。新しい技術が生まれ、新しい産業が生まれる。人々の生活も豊かになる。
だが、いつからか歓迎する声が減った。
代わりに、恐怖が生まれ始めた。
「このままでは、追いつけない」
ある大国の会議室で、報告が行われていた。
「経済だけではありません。エネルギー、半導体、AI、宇宙、防衛。すべてで差が広がっています」
「なら、止めるしかない」
誰かが言った。
「外交で?」
「それだけでは無理でしょう」
「なら?」
答えは出なかった。
しかし、その国では少しずつ、力によって現状を変えるという考えが現実味を帯び始めていた。
連邦が強くなりすぎる前に、技術を手に入れる。あるいは、連邦そのものを弱体化させる。
そのための計画が、密かに検討され始めた。
その頃。
連邦政府の会議室では、ヴィクターたちが別の問題について話していた。
「防御システムは?」
ヴィクターが聞く。
「かなり完成しています」
エリアスが答えた。
「衛星、レーダー、航空管制、通信、地上センサー。すべてをAIで照合しています」
「侵入は?」
「今の技術なら、かなり難しいでしょう」
ヴィクターは頷いた。
「なら、問題ないな」
エリアスは首を横に振った。
「一つだけあります」
「何だ?」
「物量です」
ヴィクターが黙る。
「少数なら、監視も迎撃もできます」
「しかし、大量の航空機や無人機、ミサイルを同時に送り込まれた場合、地上部隊だけでは限界があります」
エリアスは地図を広げた。
「連邦は広い」
「すべてを守るには、人間にも装備にも限界があります」
ヴィクターは地図を見る。
「何か方法は?」
エリアスは少し考えた。
「地上の防御とは別に、攻撃する側が最初から諦めるような抑止力が必要です」
「つまり?」
「連邦を攻撃すれば、勝てないと思わせる力です」
ヴィクターは黙って聞いていた。
「ただし、具体的な方法はまだありません」
その時だった。
会議室の扉が開いた。
「それなら」
アランが入ってきた。
「一つ、考えてみます」
ヴィクターが振り返る。
「アラン?」
「はい」
アランは、エリアスの資料を手に取った。
「物量に対抗するなら、地上だけで考えなくてもいいんじゃないですか?」
「宇宙か?」
「そうです」
アランは資料を眺めながら考える。
「マスドライバーの研究を進めていますよね」
「ああ」
「もともとは、物資を宇宙へ運ぶための技術です」
「でも」
アランは少し笑った。
「宇宙へ物体を運べるなら、軌道上へ大きな質量を配置することも考えられます」
エリアスが顔を上げた。
「兵器にするのか?」
「最初から兵器として考えているわけではありません」
アランは答えた。
「ただ、理論上は可能性があります」
そこからだった。
アランは研究院へ戻り、若い研究者たちを集めた。
彼らの多くは、アランの学校で学んだ若者だった。
物理。
材料。
制御。
電子工学。
宇宙工学。
それぞれ得意分野が違う。
「これ、できると思う?」
アランが聞く。
一人の若い研究者が資料を見る。
「理論だけなら」
「実用化は?」
「難しいです」
「どのくらい?」
「かなり」
アランは笑った。
「じゃあ、面白いですね」
研究が始まった。
物理学者たちは原理を検討する。
材料研究者たちは高強度材料を研究する。
制御担当は宇宙空間での運用を研究する。
宇宙工学の研究者は軌道上で長期間維持する方法を考える。
それぞれの研究が。
少しずつ。
一つにつながっていった。
そして。
数年にわたる研究の末。
一つの技術が完成した。
マスドライバー。
大量の質量を宇宙へ運ぶための技術。
それは本来、宇宙開発のためのものだった。
資源。
衛星。
宇宙施設。
将来の月面開発。
そのために研究されていた。
しかし。
その技術には。
もう一つの可能性があった。
軌道上に。
巨大な質量を。
配置できる。
そして。
必要になれば。
それを地上へ落とす。
研究者たちは。
その可能性に気づいた。
「……兵器になりますね」
若い研究者が言った。
アランは。
しばらく画面を見ていた。
「そうですねぇ」
「どうします?」
「作る?」
研究者たちは顔を見合わせた。
そして。
研究は続いた。
だが。
アランには。
別の思いがあった。
連邦が好きだった。
この場所で。
自由に研究できる。
子供たちが。
好きなことを学べる。
戦争で壊れた国が。
少しずつ豊かになっている。
工場ができる。
学校ができる。
道路ができる。
人々が。
普通に暮らしている。
アランは。
それを見ていた。
「なくなってほしくないなぁ」
誰にも聞こえない声で。
そう呟いた。
そして。
研究を進めた。
やがて。
一つの重量兵器が。
完成した。
実験は。
連邦の管理する宇宙施設で行われた。
そして。
その兵器は。
実際に軌道へ配置された。
世界の誰にも知られないまま。
宇宙空間を。
静かに回っている。
ある日。
アランがヴィクターを呼んだ。
「報告があります」
「何だ?」
「完成しました」
「何が?」
アランは。
画面を開いた。
そこには。
地球の映像が映っている。
「軌道上の重量兵器です」
ヴィクターの表情が変わった。
「……実際にあるのか?」
「はい」
「いつ配置した?」
「少し前です」
「俺は聞いてない」
「そうでしたねぇ」
アランは。
悪びれずに笑った。
「エリアスが必要だと言ったので」
ヴィクターは。
エリアスを見る。
エリアスは。
黙っていた。
「俺が言ったのは。
抑止力が必要だということだ」
「はい」
「こんなものを作れとは言っていない」
「でも」
アランが。
画面を見る。
「これなら。
連邦を守れます」
ヴィクターは。
しばらく何も言わなかった。
「威力は?」
「都市を壊滅させられる程度です」
空気が。
完全に変わった。
「……アラン」
「はい」
「お前は。
何を考えている?」
アランは。
少しだけ笑った。
「連邦が。
なくなってほしくないんです」
ヴィクターは。
その顔を見る。
アランにとって。
それは。
特別なことではなかった。
研究できる場所を。
子供たちが学べる場所を。
人々が普通に暮らせる場所を。
守りたい。
ただ。
そのために。
都市を壊滅させられる兵器まで。
作ってしまった。
「……俺は。
お前たちに。
自由に研究していいと言った」
「はい」
「それを。
後悔してる」
アランは。
黙った。
「でも」
ヴィクターは。
軌道上の兵器を見る。
「ありがたいとも思ってしまう」
「これがあれば。
連邦を守れる」
その言葉を。
ヴィクター自身が。
一番恐れていた。
こんな兵器。
ない方がいい。
そう思う。
それなのに。
敵が大量の兵力で攻めてきた時。
これがあれば。
連邦を守れる。
そう考えてしまう。
エリアスが。
静かに口を開いた。
「だから。
最初に抑止力が必要だと言った」
ヴィクターは。
エリアスを見る。
「お前も。
これを想像していたのか?」
「ここまでのものは。
想像していませんでした」
エリアスは。
正直に答えた。
「ですが。
必要だと思った」
ヴィクターは。
しばらく黙った。
「……そうか」
そして。
画面を見る。
「なら。
使わないための力にする」
「はい」
アランが。
頷く。
「誰か一人の判断では。
使えないようにする」
「分かっています」
「政府だけでも駄目だ」
「はい」
「軍だけでも駄目だ」
「はい」
「研究院だけでも駄目だ」
「それも。
分かっています」
ヴィクターは。
深く息を吐いた。
「世界に。
知られてはいけない」
アランが。
少し笑う。
「そのつもりです」
地下研究施設の奥。
若い研究者たちは。
今日も研究を続けている。
彼らは。
自分たちの研究が。
世界を変える可能性を。
まだ知らない。
そして。
軌道上には。
一つの重量兵器が。
静かに存在している。
それは。
使うためではない。
連邦を。
なくさないためだった。
ヴィクターは。
最後に。
小さく呟いた。
「……強くなりすぎたな」
アランは。
笑った。
「まだ。
足りませんよ」
「何が?」
「普通の人が。
普通に暮らせるようになるまでです」
ヴィクターは。
少しだけ笑った。
「そうだな」
連邦の地下深く。
世界に知られない研究院で。
新しい時代の力が。
静かに生まれていた。




