見えない監視
連邦で、新しい技術が次々と生まれ始めていた。耐久性の高い繊維、軽くて強い建築素材、省電力型の半導体、高性能な蓄電池、新しい通信装置。一つ一つを見れば、大きな異変には見えない。だが、それらはすべて同じ国から出ていた。
その動きを最も早く察知したのが、東方カンパニーだった。
東方カンパニー上層部と、投資会社「黒崎」の四人は、連邦国内の企業をさまざまな角度から調べ始めていた。企業の株主、研究者、特許、設備投資、原材料、物流、電力、土地、学校、人材の移動。さらに、東方カンパニーが世界各地に持つ情報網まで使っていた。
「妙だな」
東方カンパニーの幹部が、資料を見ながら言った。
「これだけ技術が出ているのに、研究開発の中心が見えない」
「共通する企業もありません」
「大学は?」
「違います」
「海外から来た研究者は?」
「大規模な流入は確認できません」
「政府の研究予算は?」
「急激な増加はありません」
幹部は、黙って地図を見た。技術革新が起きた企業に、いくつもの印が付いている。
「何かがある」
「はい」
「だが、見えない」
しばらくして、別の幹部が口を開いた。
「なら、向こうから動かせばいい」
「どういう意味です?」
「情報を欲しがっている国に、情報を取りに来てもらう」
会議室が静かになった。
「調査させるんですか?」
「ああ。こちらから直接動く必要はない。向こうが何を知っているのか、何を狙っているのか、それを見ればいい」
四人の一人が頷く。
「調査に来た人間が動けば、その背後にいる組織も分かる」
「そういうことだ」
東方カンパニーは、各国が連邦へ関心を持つことを止めなかった。むしろ、必要なら調べに来ればいいと考えていた。誰が動くのか。どんな方法を使うのか。どこまで連邦の技術へ近づいているのか。それを逆に知るためだった。
そして。
最初に動いたのが、アメリカだった。
ある夜。アメリカの作戦室では、一つの潜入作戦が最終段階に入っていた。
「準備は?」
「完了しています」
「目標は?」
「連邦国内の技術関連情報です」
「正確な施設は?」
「特定できていません。周辺から探します」
作戦責任者が時計を見る。
「電撃的に終わらせる」
送り込まれるのは、世界最高と呼ばれるスパイだった。潜入、偵察、暗号、語学、情報収集。どれを取っても一流で、これまで何度も他国の機密地域へ入り、任務を成功させてきた男だった。
今回も、正面から国境を越えることはない。
航空機から高高度で降下するHALO降下だった。
「三十秒」
機内の扉が開く。
「行け」
男が夜空へ飛び出した。
その直後。
連邦の監視システムが、空に生じた小さな異常を捉えた。
「未確認の飛翔物を確認」
監視員が画面を見る。
「位置は?」
「連邦領空の外側。こちらへ接近しています」
「航空機では?」
「周辺の航空情報と一致しません」
通常の航空監視だけなら、ここで終わっていたかもしれない。
しかし、連邦の監視網は複数の情報を同時に扱っていた。
上空を監視する衛星。地上のレーダー。航空管制情報。気象データ。海上監視。さらに、国内に設置された各種センサーから送られてくる情報。
それぞれの情報をAIが常時照合し、通常とは違う動きを検出すると監視員へ知らせる仕組みだった。
「軌道を確認」
画面に、飛翔体の予測経路が表示される。
「航空機から分離した可能性があります」
「降下物?」
「その可能性が高いです」
別の担当者が、周辺の情報を確認する。
「航空機の航路を照合します」
出発地点。
飛行経路。
高度。
速度。
気象条件。
過去に確認された特殊な飛行パターン。
さらに、監視網が捉えていた不自然な通信も重ねられる。
「一致する情報が増えています」
「どこの航空機だ?」
「照合します」
数秒後。
画面に推定結果が表示された。
『推定所属国:アメリカ合衆国』
監視員が息を呑む。
「確度は?」
「九八パーセント以上」
「潜入作戦の可能性は?」
「高いです」
AIは、そこまでの情報を人間が判断するために整理していた。航空機の動き、降下物の軌道、通信、過去の情報、そして連邦がこれまで把握していた各国の特殊作戦のパターン。それらを照合した結果だった。
さらに分析が進む。
『使用航空機を特定』
『出発地点を推定』
『関係組織を推定』
『作戦目的を推定』
そして。
『作戦名:特定』
監視室が静まり返った。
「……そこまで出たのか?」
「既存情報との照合結果です」
「まだ地上に降りていないぞ」
「はい」
つまり。
今回の作戦は。
地上に到達する前から。
連邦側に把握されていた。
その報告は、すぐにヴィクターのもとへ送られた。
「大統領」
若い参謀が、資料を持って入ってくる。
「アメリカによる潜入作戦を確認しました」
「どこまで分かっている?」
「使用航空機、出発地点、作戦名、関係組織、目的までです」
ヴィクターは資料を見る。
「……始まる前から終わってるな」
盟友が資料を覗き込む。
「どうする?」
「アメリカ大統領へ連絡する」
ヴィクターは電話を取った。
「直接だ」
数分後。
アメリカ大統領府。
「ヴィクター大統領からです」
「つないでくれ」
暗号化された直通回線がつながる。
『夜分に失礼します』
「どうした?」
『先ほど、あなたの国から連邦へ向けた潜入作戦を確認しました』
「……何の話だ?」
『作戦名も把握しています』
電話の向こうが静かになる。
『使用した航空機も』
『出発地点も』
『関係組織も』
『目的も』
『すべて把握しています』
「どうやって……?」
ヴィクターは答えなかった。
『それを説明する必要はありません』
「……」
『ただ、一つだけ伝えます』
「何だ?」
『次は、正式に連絡してください』
短い沈黙があった。
『我々は、アメリカと敵になりたいわけではありません』
『ですが、秘密裏に人間を送り込まれることを、何度も見過ごすつもりもありません』
「分かった」
『ありがとうございます』
ヴィクターは電話を切った。
その直後。
別の警報が鳴った。
「またです!」
監視員が叫ぶ。
「今度は何だ?」
「東側です」
画面に、別の異常な動きが表示されていた。
「中国側の航空機です」
監視室の空気が変わる。
「目的は?」
「現時点では不明です」
連邦の監視網が、再び動き始める。
衛星が上空を確認する。レーダーが航空機の動きを追う。通信情報が照合され、国内の監視システムが地上の異常な動きを確認する。
それぞれ単独なら、決定的な情報ではない。
だが。
すべてを重ねると、一つの可能性が浮かび上がった。
「潜入準備の可能性があります」
「侵入経路は?」
「確認中です」
AIが各種情報を照合する。
やがて。
「侵入経路を特定」
「国内側の協力者とみられる動きがあります」
「通信を監視」
「対象を確認しました」
中国側の作戦は。
連邦国内へ入る直前で。
止められた。
ヴィクターのもとへ報告が届く。
「中国も動いています」
「同じ目的か?」
「技術情報の収集とみられます」
ヴィクターは、しばらく黙っていた。
「アメリカも中国も」
盟友が言う。
「ああ」
ヴィクターは地図を見る。
「この国の技術が、そこまで気になってるってことだ」
だが。
ヴィクターは知らなかった。
その裏側で、東方カンパニーがアメリカと中国の動きを見ていたことを。
東方カンパニーの会議室では、二つの報告が並べられていた。
「アメリカは、ここまで来た」
「中国は、国内への侵入を試みた」
東方カンパニーの上層部が資料を見る。
「なるほど」
四人の一人が言った。
「各国が、どこまで連邦を警戒しているのか分かりました」
別の一人が続ける。
「そして、何を調べようとしているのかも」
幹部は静かに資料を閉じた。
「悪くない」
今回の作戦によって。
東方カンパニーは。
各国が連邦の技術に対して、どの程度の危機感を持っているのかを知ることができた。
だが。
肝心の研究院については。
何も分かっていない。
アランたちは。
地下の研究室で。
いつも通り研究を続けていた。
世界の大国が連邦の秘密を探している。
東方カンパニーも、その動きを追っている。
そして。
そのすべての中心にある研究院だけは。
まだ。
誰にも見つかっていなかった。




