もう一つの素材
あの繊維が世に出てから、半年が過ぎた。連邦国内では、その繊維を使った衣料品が少しずつ売れるようになっていた。特別な宣伝をしているわけではない。それでも、丈夫で長持ちするという評判が広がり、作業着やアウトドア用品などへ利用が増えていた。
海外企業も、その繊維に注目していた。「構造は分かった?」「完全には分かりません」「もう一度、分析して」海外の研究機関では、何度も調査が行われていた。成分を調べ、製造方法を推測し、同じ素材を作ろうとする。しかし、何度試しても同じものにはならなかった。
そんな中、連邦国内の別の企業が新しい素材を発表した。「軽いですね」「それだけじゃない。強度も高い。熱にも強い」それは建築用の新素材だった。従来の素材より軽く、強度があり、しかも高温に耐えられる。最初は、それほど大きなニュースにはならなかった。一つの企業が新しい素材を開発した。ただ、それだけに見えた。
だが、東方カンパニーでは違った。
東方カンパニー本社。その日の夜、上層部の会議室に経営陣が集まっていた。そこには、投資会社「黒崎」の四人もいた。普段なら別々に動いている人間たちだったが、今回は違った。机の上には、二つの資料が置かれている。一つは、あの繊維。もう一つは、新しく発表された建築素材だった。
「この二つ、同じ国で生まれている」
「はい」
「しかも、半年以内です」
「偶然じゃないのか?」
四人の一人が言った。「一つなら、そう考えます。ですが、調べると他にもあります」
資料が追加された。省電力型の半導体。高性能な蓄電池。新しい通信装置。どれも連邦国内の企業だった。
会議室の空気が変わった。
「……何だ、これは」
東方カンパニーの幹部が呟く。「技術革新が、同時に起きすぎています」
四人の一人が答える。「企業は全部別です」
「資本関係も?」
「確認できる範囲ではありません」
「研究者は?」
「重なっていません」
「大学は?」
「違います」
「海外から来た研究者は?」
「大規模な流入はありません」
幹部が資料を机に置いた。「なら、説明がつかない」
誰も答えなかった。
「これだけの技術が、何の理由もなく同じ国から出てくることはあるのか?」
「普通はありません」
「何か共通するものがあります」
幹部が顔を上げる。「何だ?」
「まだ分かりません」
その答えに、幹部の表情が険しくなった。
「分からないでは困る。我々は世界中の技術を見ている。新しい企業が出れば分かる。重要な特許が出れば分かる。研究者の移動も追える」
幹部は資料を指で叩いた。
「なのに、今回は何も見えない」
四人は黙った。
「これは普通の技術革新として扱うな」
「了解しました」
「競合企業が生まれた可能性も考えろ」
「はい」
「新しい研究機関がある可能性も調べろ」
「分かりました」
「政府が秘密裏に技術開発を進めている可能性は?」
「現時点では確認できません」
「なら、それも含めて調べろ」
調査が、一気に広がった。
企業の株主、取締役、研究者、特許、設備、原材料、研究費、政府予算、大学、専門学校、技術者の移動、物流。東方カンパニーが持つ情報網まで使い、連邦の技術産業を総動員して調べ始めた。
それでも、何も見つからない。
そのことが、逆に上層部を不安にさせた。
「見つからない?」
「はい」
「本当に?」
「何度確認しても」
「それは、隠されているということじゃないのか?」
誰も答えなかった。
東方カンパニーの幹部が、ゆっくり椅子から立ち上がる。
「この件は、最優先で追え」
「はい」
「我々の事業に直接関係がなくても構わない。技術の出どころを確認する」
「分かりました」
そして、幹部は四人を見る。
「黒崎さんには?」
四人が顔を見合わせる。
「すでに報告しています」
「反応は?」
「特にありません」
「何も?」
「はい」
「……そうか」
幹部は少し黙った。
「なら、我々だけで進めよう」
四人の一人が言った。
「黒崎さんから指示は?」
「ありません」
「それでも?」
「必要だと思うなら、やります」
幹部が頷いた。「分かった」
東方カンパニーは、独自に調査を続けることになった。
その頃、連邦政府の地下施設にある研究院では、若い研究者たちが研究を続けていた。彼らは、外の世界で自分たちの技術が注目され始めていることを知らない。ただ、目の前の研究に集中していた。
「この数値、もう一度確認して」
「分かりました」
「こっちは?」
「計算し直します」
アランは、少し離れた場所で学生たちの研究を見ていた。
研究院には、アランが選んだ若い研究者が増えていた。彼らの多くは、連邦の普通の学校から来た。特別な家柄でもない。海外から来たわけでもない。ただ、考えることが好きだった。
なぜ。どうして。別の方法はないのか。
そんな疑問を持ち続ける子供たちだった。
その中には、すでに企業の研究者よりも深いところまで考え始めている者もいた。
だが、彼らがどこで学んだのか、外の世界には分からない。研究院の存在そのものが秘密だからだ。
一方、東方カンパニーでは調査が続いていた。
「この企業も?」
「はい」
「こっちも?」
「はい」
「全部、連邦国内だな」
「そうです」
担当者が地図を広げる。技術革新が起きている企業を印で示す。点が少しずつ増えていく。
「何かある」
東方カンパニーの幹部が言った。
「何か?」
「まだ分かりません」
四人の一人が答える。
「でも、これだけ重なると、偶然だけでは説明しにくい」
東方カンパニーの上層部と、投資会社「黒崎」の四人が地図を見る。
「じゃあ、もっと調べよう」
「はい」
東方カンパニーは、さらに調査対象を広げた。企業、学校、研究者、特許、設備、資金、土地、物流、そして技術者の移動。さまざまな角度から、連邦の技術産業を調べていく。
それでも、研究院にはたどり着かない。存在しないことになっている場所だからだ。
その夜、アランは研究室で一人、新しい資料を見ていた。
「……外が騒がしくなってきましたねぇ」
近くにいた若い研究者が聞く。
「何か問題がありますか?」
「まだ大丈夫です」
アランは少し笑った。
「でも、気をつけた方がいいかもしれません」
研究院の扉が、静かに閉じられる。
外の世界では、東方カンパニーの上層部が本気で動き始めていた。それでも、研究院の存在にはまだたどり着いていない。
世界最大級の企業の一つが、小さな秘密を必死に探し始めていた。




