集まる人々
アラン・ウェルズが連邦へ来てから、数週間が過ぎた。
研究施設では、朝から夜まで研究が続いていた。アランは設備を一つずつ確認し、古い装置を組み合わせながら実験を進めていた。
「これ、まだ使えますね」
「古いですが、大丈夫ですか?」
「はい。少し工夫すれば」
アランは、眠そうな顔のまま装置を調整していく。
ヴィクターは、時々研究施設を訪れた。
「どうだ?」
「面白いです」
「何が?」
「この設備でも、まだできることがあります」
アランは楽しそうに話す。
「ただ、一つ問題があります」
「何だ?」
「人が足りません」
ヴィクターが笑った。
「やっぱりか」
「一人では、できることに限界があります」
「誰か思い当たる人間は?」
「います」
アランは、少し考えた。
「材料工学です。エレナ・マルティン」
「優秀なのか?」
「かなり」
「世界的に?」
「たぶん」
「たぶん?」
「本人は、自分が優秀だと思ってないので」
ヴィクターは少し笑った。
「それは、お前と同じだな」
「そうですか?」
「ああ」
アランは特に気にした様子もなく言った。
「呼べますか?」
「本人が来たいなら」
ヴィクターは答えた。
「連絡してみよう」
それだけだった。
政府が世界中から研究者を集める計画を立てたわけではない。
アランが、一人の研究者に声をかけただけだった。
数日後。
暗号化された通信が研究施設へ入った。
「アラン。本当にそっちへ行ったの?」
画面の向こうに、エレナ・マルティンが映っている。
「はい」
「研究できてる?」
「できます」
「設備は?」
「古いです」
アランは少し考えた。
「でも、面白いですよ」
エレナが笑った。
「あなたらしいね」
「来ますか?」
「……行ってみようかな」
数週間後。
エレナが連邦へ入った。
専門は新素材だった。
研究施設を見たエレナは、少し驚いた。
「本当に、ここで研究してるの?」
「はい」
「設備、かなり古いよ」
「でも、使えます」
アランが答える。
「それに、自由です」
エレナは、その言葉を聞いて少し黙った。
「……それなら、いいかもね」
二人は、その日から研究を始めた。
さらに数週間。
今度はエレナが、一人の名前を出した。
「半導体なら、あの人がいい」
「知り合い?」
「研究仲間」
「呼べる?」
「分からない。でも、話してみる」
また一人。
連絡を取る。
そして、また一人。
研究者が増えていった。
核物理。新素材。半導体。エネルギー。
まだ人数は少ない。
十人にも満たない。
それでも、研究施設の中では、少しずつ異なる分野の研究がつながり始めていた。
ある日の夕方。
ヴィクターが施設を訪れると、アランとエレナが研究室の外で話していた。
「どうだ?」
ヴィクターが聞く。
アランは、少し考えてから答えた。
「面白いですよ」
「研究が?」
「それもありますけど」
アランは、施設の周囲を見回した。
「なんたって、しがらみもない」
ヴィクターが黙って聞く。
「変なルールもない。変な団体もいない」
「好きに研究できるし」
アランは、少し笑った。
「何より、静かです」
エレナも頷いた。
「確かに」
「誰も、何を研究してるのか聞いてこない」
「政府も?」
「必要な設備の話くらいです」
アランは、眠そうな顔で答えた。
「それ以外は、ほとんど何も言われません」
ヴィクターは、少し笑った。
「それなら、しばらくここにいられそうだな」
「はい」
アランは即答した。
「かなり気に入ってます」
ヴィクターは、その言葉を聞いて安心した。
それから。
研究者たちが増えていった。
ある日、ヴィクターが研究者たちを集めた。
「一つだけ確認しておきたい」
全員が顔を上げる。
「ここで何を研究するかは、自分たちで決めてくれ」
「政府が研究テーマを指定することはない」
「軍が勝手に研究成果を持っていくこともない」
ヴィクターは続けた。
「この設備は完全に外部と断絶されている」
「外から勝手に入ることもできない」
「通信も管理している」
「安心して研究してくれ」
アランが、少しだけ笑った。
「それなら、もっと研究できますね」
「ああ」
「では、研究に戻ります」
アランは、そのまま研究室へ戻っていった。
エレナたちも続いた。
ヴィクターは、その背中を見送った。
自分たちが作ったのは、まだ小さな研究施設だった。
それでも、研究者たちはそこに自由を感じ始めていた。
そして、その噂は研究者の間だけで少しずつ広がっていった。
「あそこなら、自由に研究できるらしい」
「政府から細かく指示されない?」
「されないらしい」
「設備は?」
「古いけど、必要なら作ってくれる」
「本当に?」
「アランがいる」
「……あのアランが?」
その名前だけで、話を聞こうとする研究者が増えた。
さらに、別の研究者が別の研究者へ話をする。
それは政府の勧誘ではなかった。
企業の引き抜きでもなかった。
研究者自身が、研究者を呼んでいた。
数か月後。
連邦の研究施設には、核物理、新素材、半導体、AI、通信、エネルギーなど、それぞれの分野の研究者が集まり始めていた。
まだ、世界から見れば小さな集団だった。
成果も、まだ目立っていない。
だが、人が増えるたびに研究者同士の会話も増えていった。
「この素材、半導体に使えるかもしれない」
「なら、試してみましょう」
「この計算、AIで処理できませんか?」
「やってみます」
専門分野の境界が、少しずつ消えていく。
それまで一つの研究室ではできなかったことが、ここではできるようになっていった。
その頃。
ヴィクターは、研究施設の責任者たちを集めていた。
「研究者が増えている」
「はい」
「このまま増やしていいのか?」
アランとエレナが顔を見合わせる。
ヴィクターは続けた。
「亡命者が増えると、問題も出てくる」
「どんな問題ですか?」
「スパイだ」
研究室が静かになる。
「研究者のふりをして、別の国から人間を送り込まれる可能性がある」
「研究内容だけじゃない。施設の場所、設備、研究者の情報。外へ持ち出されれば、君たちにも危険が及ぶ」
アランは、少し考えた。
「……それは、困りますね」
「ああ」
ヴィクターは頷いた。
「だから、これ以上、無制限に亡命者を受け入れることはできない」
研究者たちが黙る。
「君たちのためにもだ」
「ここを安全な場所として残したい」
ヴィクターは、アランとエレナを見る。
「だから、あと二、三人」
「本当に必要な人間だけを、慎重に選んでくれ」
「分かりました」
アランが答えた。
エレナも頷く。
「私たちで選びます」
「頼む」
ヴィクターは、それ以上は何も言わなかった。
それから。
研究者たちは、以前のように気軽に名前を出さなくなった。
研究能力。
過去の研究。
本人の意思。
政治的な関係。
そして。
本当に、この場所で研究したいのか。
一人ずつ確認するようになった。
その中で。
候補に残った研究者は、わずか数人だった。
その頃。
別の国の研究機関では、一人の担当者が資料を見ていた。
「この研究者、最近どこに行った?」
「退職したそうです」
「次は?」
「連絡が取れません」
「その前の研究者は?」
「同じです」
担当者が資料を並べる。
それぞれ違う分野の研究者だった。
「行き先は?」
「まだ確認できません」
「調べてくれ」
その数日後。
別の国でも、同じような報告が上がった。
「また研究者が出国しました」
「どこへ?」
「……連邦です」
会議室が静かになった。
「何人目だ?」
「まだ数人です」
「専門は?」
「核物理、新素材、半導体です」
「偶然か?」
「分かりません」
誰も、すぐには答えなかった。
その頃。
連邦の研究施設では、アランが候補者の資料を見ていた。
「この人は?」
「優秀です」
エレナが答える。
「でも、まだ分かりません」
「そうですね」
アランは資料を閉じた。
「もう少し調べましょう」
「うん」
まだ、誰も知らない。
この小さな施設に、世界で最も優秀な研究者たちが少しずつ集まり始めていることを。
そして、その異変に最初に気づき始めたのが、研究者を失っている国々だった。
やがて。
アメリカ。
中国。
そして。
その他の大国も。
この小さな流れを、無視できなくなっていく。




