↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
101/186

亡命者

「亡命の連絡です」


 深夜。連邦政府の外交部門に、一本の極秘連絡が入った。


「亡命? どのような人物だ?」


「技術者のようです」


「技術者?」


「はい。核物理学者です」


 担当者は手元の資料を見た。


「世界で一番だそうです」


「一番?」


「はい」


「本当に?」


「並ぶ者がいない、と」


 ヴィクターのもとに報告が上がったのは、その翌朝だった。


「核物理学者?」


「はい。並ぶ者がいないと言われています」


 ヴィクターは資料を開いた。論文、研究成果、国際研究プロジェクト、受賞歴。どれを見ても、異常なほどの実績だった。


「この人間が亡命を希望しているのか?」


「はい」


「理由は?」


「まだ詳しくは分かっていません」


「本人と話せるか?」


「現在、秘密裏に連絡を取っています」


「なら、話を聞こう」


 数日後。暗号化された通信がつながった。


 画面に一人の男が映る。少し眠そうな顔をしていた。


「こんにちは」


「こんにちは」


 ヴィクターが挨拶する。


「あなたが、亡命を希望している研究者ですか?」


「はい」


「名前は?」


「アラン・ウェルズです」


「核物理学者だと聞いています」


「そうです」


「世界で一番だとも」


 アランは少し考えた。


「……そうなんですか?」


 ヴィクターが黙った。


「知らないんですか?」


「研究の順位とか、あまり興味がなくて」


「……」


「研究できれば、それでいいので」


 ヴィクターは資料を見た。世界中の研究者が知っている。大国の政府や軍も、その研究を必要としている。それほどの人物だった。


「それで、なぜ亡命を?」


 アランは少し疲れたように答えた。


「研究したいんです」


「今の国では、できない?」


「できなくはないです」


「では?」


「いろいろ言われるんですよ」


「政府から?」


「政府もですし、軍もですし、企業もです」


「この研究をやってくれ」


「この方向が重要だ」


「この技術を使えるようにしてくれ」


 アランは画面の向こうで肩をすくめた。


「もう、そういうのが面倒になりました」


「だから?」


「好きに研究できるところへ行きたいです」


 ヴィクターはしばらく黙っていた。


「連邦なら、研究できると思うか?」


「分かりません」


「俺たちには、まだ十分な研究施設もない。設備も限られている」


「それでも?」


 ヴィクターは少し考えた。


「施設がないから、何もできないわけじゃない」


 アランが顔を上げる。


「資金なら集められる。研究施設を作ることもできる。研究者を呼ぶ伝手がある」


 アランが少しだけ目を開いた。


「そんなに?」


「ああ」


 ヴィクターは淡々と答えた。


「だから、必要なら探す」


 アランはしばらく黙っていた。


「……面白い国ですね」


「そうか?」


「ええ」


 アランは少し笑った。


「少なくとも、私が今までいた場所よりは、研究しやすそうです」


 ヴィクターも、わずかに笑った。


「そうかもしれない」


「研究内容に、政府が口を出すことは?」


「必要な安全上の確認はする」


「だが、何を研究するかは君が決めればいい」


「軍事利用を前提にもしない?」


「しない」


 アランは少しだけ安心したように頷いた。


「それなら、行きます」


 数週間後。一人の男が、秘密裏に連邦へ入った。


 アラン・ウェルズ。核物理学において、並ぶ者がいない男。世界中の研究者が、その名前を知っている。大国が欲しがるほどの頭脳。


 だが、本人は自分を特別な人間だとは思っていなかった。


 研究施設を案内されても、アランは設備を見回しながら言った。


「これ、古いですね」


「そうなのか?」


「はい」


「使える?」


「使えます」


「なら、いい」


 ヴィクターは少し呆れた。


「本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ」


 アランは施設の隅に置かれた機器を見る。


「これと、これを組み合わせれば使えそうです」


「分かるのか?」


「たぶん」


 それだけ言って、研究室へ入っていった。


 数日後。研究施設からヴィクターのもとへ報告が届いた。


「アラン博士ですが」


「どうした?」


「もう研究を始めています」


「そうか」


「それと、設備について一つ提案があるそうです」


「何を?」


「新しい実験装置を作りたいと」


「作れるのか?」


「本人は、作れると言っています」


「予算は?」


「かなり少なくて済むそうです」


 ヴィクターは少し笑った。


「じゃあ、作ってもらおう」


 その日。


 連邦に、一人の科学者が加わった。


 世界で並ぶ者がいない核物理学者。


 その本人は、自分がどれほど特別なのかを理解していない。


 ただ。


「研究できるなら、それでいい」


 そう言って、アラン・ウェルズは研究室へ戻っていった。


 そして。


 この一人の亡命者が、やがて世界中から科学者を集める中心人物になることを、この時のヴィクターも、アラン自身も、まだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。