世界最高
自由技術研究院ができてから、しばらく経った。研究者の数は、まだ多くない。しかし、研究は少しずつ加速していた。
最初に成果が出たのは、量子コンピューターだった。
「……動きましたね」
研究室にいた研究者が、画面を見つめる。アランも、その画面を覗き込んでいた。
「どのくらいです?」
「現在の世界最高記録を、大きく超えています」
「へぇ……そうなんですか」
アランは、あまり驚いた様子もなく画面を見ていた。
「もう一回、やってみましょうか」
「はい」
二度目。三度目。結果は変わらなかった。
研究者が、静かに言う。
「偶然ではありません」
「そうですか」
アランは画面を見ながら、少し考えた。
「あちゃー、やりすぎたなぁ。世界、変わっちまうよ」
研究者たちは、黙った。
アラン本人だけが、いつも通りだった。
それでも、外部には発表しなかった。研究院の中だけで、結果を保管した。
次に、AIの研究でも成果が出た。
「学習速度が異常です」
研究者が報告する。
「どのくらいです?」
「これまでのモデルとは比較になりません」
「へぇ……じゃあ、もう少し見てみましょうか」
大量のデータを処理し、複雑な問題を短時間で解いていく。しかも、量子コンピューターの研究と組み合わせることで、さらに性能が伸びた。
研究者たちは、少しずつ気づき始めていた。
一つの研究成果が、別の研究を加速させている。
量子コンピューターがAIを進める。AIが新素材の設計を進める。新素材が半導体を変える。半導体がさらに計算能力を上げる。
技術が、技術を生んでいた。
そして、核融合の研究でも成果が出始めた。
「安定しています」
「どのくらい?」
「これまでより、かなり長いです」
「そうですか」
アランは記録を確認した。
「じゃあ、もう少し続けてみましょう」
実験は続いた。
数分。
十数分。
さらに長く。
これまで難しかった安定運転に、少しずつ近づいていた。
アランは、実験データを眺めながら呟いた。
「……これも、いけそうですね」
エレナが資料を見る。
「素材の改良が効いています」
「AIの計算も?」
「ええ」
「なるほど」
二人は顔を見合わせた。
研究分野が、つながっていた。
航空宇宙分野でも、新しい素材の研究が進んでいた。
軽い。強い。熱に強い。さらに、電波に対する特性も、これまでとは違う。
研究者がデータを見る。
「この素材なら……」
「航空機にも使えますね」
「宇宙機にも」
「便利ですね」
さらに研究が進む。
そして、これまでとは違うステルス技術の基礎が見つかった。
アランは資料を眺める。
「これ、面白いですね。かなり使えそうです」
ただ、それも外には出さなかった。研究院の中で、静かに記録された。
数か月後。
アランは、研究院の会議室に研究者を集めた。机の上には、いくつもの報告書が並んでいる。
「量子コンピューター」
「AI」
「核融合」
「新素材」
「半導体」
「航空宇宙」
一つずつ確認していく。
どれも、世界の最先端に近い。
いや。
一部は、すでに世界の常識を超えていた。
エレナが言う。
「これ、外に出したら大騒ぎになりますね」
「そうでしょうね」
アランは、資料を眺める。
「だから、まだ出さない方がいいと思います」
「政府にも?」
「必要なところだけでいいんじゃないですか」
「分かりました」
研究者たちは頷いた。
ヴィクターも、研究の細部を知らない。ただ、「順調です」と報告を受けているだけだった。
ある日。
ヴィクターが研究院を訪れた。
「どうだ?」
アランが答える。
「順調ですよ」
「どのくらい?」
アランは少し考えた。
「かなり、ですね」
「具体的には?」
「うーん……」
アランは少し困ったように頭をかく。
「まだ、説明しない方がいいと思います」
ヴィクターは笑った。
「分かった」
「すみません」
「いや。任せる」
「ありがとうございます」
それ以上、ヴィクターは聞かなかった。
研究者が研究できる環境を守る。それがヴィクターの役割だった。
その日の夜。
研究院では、また一つの実験が行われていた。
量子コンピューター。AI。新素材。エネルギー。それぞれの研究が、別々に進んでいるように見える。
しかし、実際には、すべてがつながり始めていた。
一つの技術が、別の技術を押し上げる。それが、さらに別の技術を生む。
研究速度は、少しずつ異常なものになっていた。
アランは、その研究データを見ながら、ぽつりと言った。
「……なんか、すごいことになってきましたね」
隣にいた研究者が苦笑する。
「アランさんが始めたんですよ」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ」
アランは少し考えた。
「……まぁ、結果が出てるなら、いいんじゃないですか」
そう言って、また画面に目を戻した。
そして、その成果を知っている人間は、まだほんの一部だった。
アメリカも。中国も。世界も、何も知らない。
ただ、連邦の研究者が少しずつ増えている。それだけは、各国の情報機関も把握し始めていた。
しかし、誰もまだ、その理由を知らなかった。
研究院の奥では、今日も新しい実験が続いている。
そして、世界の常識を変える技術が、まだ誰にも知られないまま、静かに生まれ続けていた。




