耽美とBL・9
蓋を開ければ、件の有名大物俳優がエグゼクティブプロデューサーであった。つまりBL映画作ろうの言い出しっぺである。
駒茅根そわれは頭を抱えた。
最初に話を持ってきた馴染みのプロデューサーは駒茅根そわれの要望通りいったん断りを入れていた。しかし同時に大物俳優の影を隠せばもしかしたらひょっとしてという話も漏らしたらしい。
そこで大物俳優は駒茅根そわれが油断しそうな、BLとは全く接点のないプロデューサーを影武者に仕立て、話を進めてきたのだ。残念ながら途中で大物俳優の影はチラチラ見え隠れしていた。さすが大物俳優。自身のオーラのまばゆさに全く隠れ忍ぶということはできなかったのであろう。とか言っている場合ではない。
「脚本は通ったんでいいじゃないですか、駒茅根さんは現場に来ることはないわけですし」
アシスタントプロデューサーは深い深いため息をつきながらストローでアイスコーヒーを回した。
たしかに本さえできてしまえば脚本家が撮影現場に立ち入ることはない。後はどう修正が入ろうがよほどのことが無い限り、もう監督や演出、スタッフたちの仕事なのだ。つまりあの、なにを考えてBLに出たいなどと抜かした大物俳優と面と向かうことなど無いのだ。幸か不幸か、問いただすこともできなければ、ご機嫌を伺うこともしなくていい。だがアシスタントプロデューサーともなればきっとほぼ四六時中一緒に仕事をするわけで。
「地獄……」
星の数ほど女性ファンを抱える超大物俳優も、ここまでアシスタントプロデューサーと脚本家に厄介者扱いされているとは思ってはいるまい。今にも仕事辞めようかなと言い出しかねないアシスタントプロデューサーを見ながら、ふと駒茅根そわれは思いだした。
「エグゼクティブプロデューサーってことは主演は……」
「兼主演です」
「うわぁ……」
なんだろうそのやる気満々感。そんなの大型時代劇とか何とか賞作品初の映像化とかに取っとけばいいのになんでBLでますます嫌いになれちゃう。駒茅根そわれの顔にフレーメン反応が出た。
キャスティングは基本監督やプロデューサーが決める。オーディションに顔を出す脚本家もいるが、駒茅根そわれは台本を書けば後は手も口も顔も出さない。特に今回は何を思ってBLに出たいとか言い出したのかまったく真意が読めない有名大物俳優がプロデュース兼主演である。怖くて絶対会いたくない。オーディションで選ばれる受け役の若手俳優に杞憂はあったが、有名大物俳優が良いようにするだろう。駒茅根そわれの手を離れた以上若手俳優の演技がどうあれ、あとはもうプロデューサー兼主演の大物俳優の物なのだ。映画がコケても脚本がクソだと言われても、もうどうしようもない。大物俳優を辞退させる、あるいは企画から外してもらう覚悟であの脚本を書いた時点で駒茅根そわれの腹は決まっていたではないか。脚本家生命がここで終わったとしても本望だ。と思わなければいけない。……あれが引退作品になるのか……。あの、思いっきり肌色シーン満載の、SMまで盛り込んじゃったあれが……。駒茅根そわれは遠い目をしながらバイトのレジ打ちに励んでいた。プライド高くバイトと言っているが、こっちが本業になる日もすぐそこだなと思いながら。
『咲耶役の俳優が決まりました』
忙しいであろうにアシスタントプロデューサーの彼女はマメに進捗を駒茅根そわれに報告してくれていた。
しゅぽりと飛んで来たその名前に駒茅根そわれは床につくまで口を開け、実際そんなテングザルのスタンプを送った。
『新人じゃなかったの!?』
新人ではないが、たしかにデビューは戦隊ヒーローで、2.5次元舞台なども経験したあとテレビの連続ドラマで大ブレイクし、映画の新人賞も取ったことのある超絶売れっ子俳優である。今さらBL映画など出らずとも、良質なクイア作品はいくらでもあろうに。
『大物俳優さんのことを尊敬しているらしくって、是非一緒に仕事がしたいと』
ほ~ら危険。変なやつが興味本位で足突っ込んで来たもんだから、釣られて被害者がやってきたよ。どうせ脚本も読まずに軽い気持ちで手を上げたんでしょうよ。駒茅根そわれが半目で読んでいる間にもうひとつしゅぽりとメッセージが飛んで来る。
『大物俳優さんは一度断ったらしいんですけど、オーディション受けに来てて。演技ピカイチでした』
両手を組んで目をキラキラと輝かせているツキノワグマのスタンプが飛んで来る。大物俳優に厳しいアシスタントプロデューサーは、その若手俳優のことは好きらしい。
『テストにはなかったんですけど、急に大物俳優さんが立ち上がって例の初めて咲耶とくちづけを交わそうとするシーンを読みだしたんです。そしたら若手俳優さんの方もすぐそれに応えて』
『えええっ!?』
応えることができたということは、台本はすべて読み込んで来ていたということである。揺るぎのないプロ根性への称賛と、わざわざあのシーン!?という動揺が、駒茅根そわれに両手両膝をつき項垂れたテングザルのスタンプを送らせる。
『めちゃくちゃ見ごたえありましたよ』
グッジョブと親指を突き出したツキノワグマが飛んで来た。
『……おゾゾ走らなかった……?』
柱の陰から顔を覗かせるテングザルを送る。おゾゾとは背筋を走る何かである。実写BLドラマをいくつも見てきた経験上、駒茅根そわれは知っている。とんでもない配役とんでもない演技、とんでもない脚本がマリアージュすると、とんでもない悪寒が背筋を駆け抜けるのだ。細心の注意を払って駒茅根そわれも脚本を書いてはいるが、どこでどんな化学反応が起こるかは映像が出来てみないとわからない。きっとベテラン俳優でさえ、きっと天才役者でさえ困惑させるに違いないジャンルなのだBLとは。だが。
『たぶん、成功します、この映画』
アシスタントプロデューサーは力強く言い切った。
しばらく駒茅根そわれはその文字を見つめていた。呆気に取られていたとも言う。映画なんて方々から頭を下げて大金をかき集めて注ぎ込んで作るものだ。最初からコケて上等なんて心積もりで作っているわけはない。駒茅根そわれもいろいろ邪心はあったものの、悪意を持ってあの脚本を書いたわけではなかった。だが、所詮一部の人にしか受け入れられないBLである。BLファンすら映像化するとあーだこーだとつい言ってしまいたくなるBLというジャンルである。『成功します』と、こう、堂々と言い切られると、なんだか、凄い作品に関わっているようで、現実味が無くなってしまう。脳みそがふわふわと浮いたような感覚でスマホの画面を見ていると、再びしゅぽりとメッセージが届いた。
『正直脚本読ませていただいたときは、あ、こりゃコケるなと思ったんですけど』
おい!と駒茅根そわれと同じく顔を真っ赤に怒りまくったテングザルを飛ばす。
『さすが、何考えてるか今ひとつ掴めない大物俳優ですよ。役入っちゃったら凄いです。スイッチの切り替えも早いし、キャスティングだけじゃなくて、制作陣も手配もあっという間でした』
もともと長く芸能界にいる人物である。事務所も大きい。伝手があったのだろう。だがそれにしても駒茅根そわれが関わったBLドラマからと、本人が今まで関わった映画からと豊富な人材が集まったという。
三日後に顔合わせ。その後は怒涛のように撮影が始まるという。言っても詮無い事なのだが『くれぐれも身体に気をつけて』と駒茅根そわれは、合わせた手で鼻を持ち上げて祈るテングザルをアシスタントプロデューサーに送った。




