耽美とBL・8
同性なのに恋に落ちてしまう『禁忌』や『背徳感』を描くBLは時代物やファンタジー以外ではもう無いであろう。
今BLに求められているのは熱い友情のその先だったり、確固たる信頼のその向こう側だったりする。
正直、駒芽根そわれは書いてはみたもののオメガバースネタはそれほど好きではない。子供をひとつの幸せの形として描くことに反対はしないのだが、『妊娠』という現象を持ち込んだことに抵抗は否めないのだ。
BLの肝のひとつは『妊娠』というリスクが無いところではないかと駒芽根そわれは思っている。
『妊娠』はリスクなのだ。女性にとって。もはや素直に『喜び』とは言えない。『喜び』では無いと口にすることさえ憚られる、『妊娠』とはなんとも厄介な『リスク』なのだ。
勃起して挿入して射精するだけで快感が得られる男性とは違う。女性にとってセックスは『妊娠』という『リスク』が常に伴う。万が一妊娠したら、全責任は女性が一身に背負わなければならない。生理が来ない恐怖も、検査を受ける経済的・時間的リスクも、出産もしくは堕胎の身体的リスクも。場合によっては結婚もしていない相手の子供を宿したという中傷も、女性は一身に受ける。
女性も性を楽しめば良いと男性は気軽に言うだろう。自分たちがただただ射精をしたいから。
だが女性はあらゆるリスクを考えると、そう簡単にセックスをするわけにはいかないのだ。
その場で着けられる避妊具すら着けてくれるかどうか信用ならない男たちは、だったら女が避妊具を仕込んでおけばいいと言う。それがコンドームと比較してはるかに高価で装着にも費用と時間がかかるというのに、そんなことを調べもせず。
愛撫も下手な上に避妊の知識も浅はかな男たちに身を任せるよりも、恋愛漫画や小説を読んでいた方がよほど快感である。
ましてやBLは男性同士。妊娠の不安も無ければ、まず男同士で快感の所在を探り合ってくれるので、女性としては蚊帳の外で安心して性的ファンタジーを楽しめる。
自己投影とはまた違う。完全な部外者として愛を見守る。それがBLの醍醐味ではないかと駒芽根そわれは思っていた。
かつて駒茅根そわれにも恋人がいた。オタク趣味にも理解のある恋人だった。初めての彼氏に駒茅根そわれは夢中になった。ここぞとばかりにBLで蓄えた知識を閨で発揮した。イイだのなんともないだの言いながら彼は喜んでくれた。「腐女子はスケベでいい」と。「これだから腐女子はやめられない」と。「こんなことでもなければ腐女子と付き合おうとは思わない」と。
単に駒茅根そわれに男を見る目が無かっただけであろう。たまたま変な男に引っ掛かっただけであろう。偶然その男の周りに腐女子を嘲笑する男が集まっていただけなのであろう。
だが、『腐女子』という属性を外したところで結局男が望む女と言うのは性に従順で性に積極的な女だ。都合よく淫乱で、都合よく母性的で、都合よく貞淑な女。時には娼婦のようになのだ。
男女の官能を男の物にしてしまった男たちは、当たり前のように女性同士の性愛さえ男性の性のはけ口にする。そして今度はBLを嗜む女性たちすら性的な道具にしようとしている。
BLを見て熱狂している女性たち、BLを見て喜んでいる女性たちを、ネギ背負った鴨として、性的に解放された自由な女として、下卑た笑いで狙っている。
そうはいかない。駒茅根そわれは強い決意をもってBL脚本に臨んでいる。
BLに出資する女性たちの前にまず、BLそのものを男性諸氏に直面させなければならない。
浮ついたミーハー根性で片足突っ込まれても迷惑なだけなのだ。金になるとか、女はこういうの見て興奮しているとか、下品な皮算用だけで首を突っ込んできたら残った尻には別の物が突っ込まれる覚悟を持ってもらわなければならないのだ。
上等だ有名大物俳優。演れるものなら演ってみるがいい。どんなBL本を読んだのか知らないが、どうせ周りの人間が気を使って、同人出身の作家が書いたものだからって、BLじゃなのに一見BLっぽくみえるけど全然違うむしろ文学的なアレやコレやを勧めたのであろう。
BLの世界は百家争鳴である。好いたらしい両片思いもあれば、一貫してポルノもある。初々しい学生も進学してひとり暮らしを始めれば途端にビッチになったり、ビッチから始まるメロい恋物語も存在する。妹の代わりに嫁に行くこともあるし、姉の代わりに生贄に差し出されたりもする。借金の肩にどこかの金持ちに売り飛ばされたり、死んだら異世界で男にモテモテだったりもする。だが最終的に言えるのは、結局のところ陰茎と肛門は繋がってしまうということなのだ。
思い知るがいい。BLとはおまえら男たちが作り上げた都合のいい女を男に反転させた物語であると。
さんざんっぱら女性のおっぱいや濡れ場で金を、視聴率を稼いできた男たちは、今度はその肉体で、前張りでぴっちりと折り畳まれた股間で、まろいふたつの双丘で、乱れた息遣いで、金を稼いでみるがいい。できるもんならな!
有名大物俳優が映画を下りるか、それとも駒茅根そわれが脚本を下ろされるか。
駒茅根そわれは鼻息荒く出来上がった2本の脚本を提出した。
「A案の脚本で決定しました」
数日後。呼び出された会議室。すこぶる機嫌よくプロデューサーに告げられ、駒茅根そわれは驚いた。
「え?あれ、通ったんですか?」
「はい。面白いということで」
「B案よりもマシとかいうことで?」
「いえいえ。A案のテーマ自体が、女性の不満を女性に解消させるのではなく、男性たちに考えさせるというのが非常に現代に合った良いテーマではないかと言うことで」
「はあ」
外れてはいない。面白半分にBLを扱っているわけではないことはちゃんと読み取っていただけているようだ。
「B案の方は不倫の話が出て来ますので、それはちょっと事務所的にNGだと言われまして……」
「……事務所?」
駒茅根そわれの声が一段下がった。目じりは上がる。
「あ、いえ、あの、事務所というか制作会社といいますかね、ほら、昨今不倫に対して厳しいじゃないですか、世間の目とか……」
あからさまに慌てだしたプロデューサーを見据えて駒茅根そわれはさらに発する。
「……NG?」
「あ、えと、言い方悪かったですね。ノーグッドですね、ちょっと企画を通せないというか、んー、ダメだなあっていう……、ウケない?お客さんがね、嫌かなあって……」
「駒茅根さん」
プロデューサーの横で渋い顔をして黙り込んでいたアシスタントプロデューサーがとうとう声を絞り出した。
「お察しのとおりです」
「ちょ、君……!」
「例の俳優!?」
慌ててアシスタントプロデューサーを咎めようとしたプロデューサーの声に駒茅根そわれの悲鳴にも似た叫びが被さった。
「なんで!?」
有名大物俳優からの依頼はとうの昔に駒茅根そわれの方が断ったはずである。さらにもしかして万が一の本当に有名大物俳優がまだいっちょ噛みしているときにはそっちの方が断って来るような脚本を書いたはずである。そう。通ってしまったこの脚本。件の有名大物俳優には手に負えないエロ多めの話に仕上がっている。
「BLというからには、期待される表現には応えたいそうです」
あわあわとしているプロデューサーを飛び越えて、アシスタントプロデューサーが冷静に答える。
「オメガバースじゃなくて、不倫でイメージ気にするくせに!?」
「ね。そこ、私も思いました」
超有名大物俳優の一部謎の懐の深さに、駒茅根そわれとアシスタントプロデューサーは顔を合わせて「ねえ」と頷き合った。




