耽美とBL・7
B案。オメガバース設定。
「ちょっと待ってください。おめがばーすってなんです?」
BLすらよく知らなかったプロデューサーは台本の表紙でまず躓いた。
「BLの中にある設定のひとつです。男女の他に第二の性というのがあって、男女問わず妊娠させることのできるαと、妊娠することのできるΩ、αでもΩでもない普通の人間βの三種類の性がある世界観です」
「……はあ……」
確実にわかってないであろう生返事をしながらも、プロデューサーはとりあえず表紙をめくった。
霧生財閥のCEO霧生雅貴は妻の弟・咲耶から運命の匂いを嗅ぎ取ってしまう。咲耶もまた、次期東雲財閥のCEOでありながらΩに生まれた事実を隠すため長年発情抑制剤で抑えてきた性を霧生に暴かれ、身も世もなく乱れてしまう。
「はつじょうよくせいざい……?」
見たことも聞いたことも無い漢字の羅列にプロデューサーが目を点にして首を傾ける。
「Ωには発情する周期があるんです。発情すると相手の理性を狂わせる匂いを発し、周りの人間を誘惑します。もちろん発情しているΩ自身も性交したくてたまらなくなり、嫌だなんだと言いながら相手かまわず身体を差し出します。男性はこういったキャラ設定がお好きでしょう?」
「いや、まあ、たしかに……。私じゃないですよ?私はこういったあれではありませんが、たしかにこういう淫乱な女性キャラクターが多くの男性に喜ばれる傾向というのはありますね。いえ、私ではありませんよ?あくまで一般論としてですね」
言い訳で挟みながらも冷静にプロデューサーは分析する。
妻にも周りにも秘密にしながら逢瀬を重ねるふたり。しかし許されない関係から、霧生は咲耶の首を噛むことに踏み切れないでいる。咲耶もまた霧生を愛しながらも姉のことを思うと番になることに踏み切れないでいた。
「……噛む……?つがい……?」
聞きなれない言葉ばかりであろう。右へ左へ首を傾げるプロデューサーに駒茅根そわれは三度説明した。
「発情期に性交をしながらΩの首をαが噛むとふたりは番となります。そうすればΩの発情期の匂いは番のαにしか感知されず、不特定多数の人間を惑わすことも襲われる心配も無くなるわけです」
「……はあ」
まったくピンとも来ていないであろうプロデューサーは、それでも仕事を遂行すべく台本の先を読み始めた。
しかしとうとう咲耶が子を宿してしまう。
「ちょっと待ってください。妊娠?」
質問している側のくせにとうとうプロデューサーの声にイラつきが混じり始めた。
「BLですよね?これ。Ωって女性だったんですか?」
「Ωは男性でも妊娠するんです」
「はあ?」
きっぱりと言い切る駒茅根そわれにプロデューサーはあんぐりと口を開けた。
「男でも?」
「はい。BLなので男同士で妊娠するんです」
「それもう女じゃないですか」
「いえ、BLです。オメガバースです。男が妊娠するんです」
「なんでそこまでして男じゃないとダメなんですか」
いい加減イラつきを隠さなくなったプロデューサーに、だが毅然と駒茅根そわれは言い放った。
「BLだからです」
理解できない顔でしばし駒茅根そわれを見つめていたプロデューサーはため息をつくと、再び台本をめくり始めた。
不貞を知った霧生の妻は「こうなることはわかっていた」と言う。実は妻もαであったが、代々長男が家を継ぐしきたりのために家を継ぐことはできず、尚且つ財閥同士の繋がりを強固にするためにβと偽り霧生のもとへ嫁がされていたのだ。霧生との間になかなか子供が授からなかったのはαゆえの身体的特性からだった。
「αって妊娠しないんですっけ?」
そこそこBLにも精通しているアシスタントプロデューサーでさえわからないことはまだたくさんある。
「オメガバースそのものがBL独特の世界観なので女性に関する資料があまり無くて。正しいところが実はわからないので、勝手に盛ってみました」
「大丈夫ですかね」
「主役のふたりが幸せになれば大丈夫だと思います。BLなので」
「ですね」
思いますと言いながら断定する駒茅根そわれにアシスタントプロデューサーは台本から目を離さず頷いた。
思いのままに生きられなかった上に夫と弟の不貞。怒りのまま弟を害そうとするも霧生に阻まれる。なにより妻自身、血を分けた弟を本気で殺めることなどできるはずもなく、ただ泣き崩れる。
経済界は降って湧いたスキャンダルに騒然となるが、そもそも優秀であった姉に咲耶は東雲財閥を譲渡する。霧生と妻の離婚は成立。晴れて霧生と咲耶は番となり、その後3人の子宝にも恵まれた。
完。
「完て」
最後のページを開いたまま背をもたれるプロデューサーにさもありなんと駒茅根そわれは言う。
「ハッピーエンドです」
プロデューサーは腕を組み目を閉じ、上を仰いで、首を正面に戻した。そして目を開いて駒茅根そわれを見据える。
「難しいです」
「一応男性諸氏が大好きな性的に積極的で乱れまくる女を表現してみましたし」
「男ですよね」
「BLですから」
プロデューサーも駒茅根そわれも丁々発止である。
「少子化問題にも切り込めるよう子だくさんなところも描いてみました」
「男同士ですよね?」
「BLですから」
プロデューサーは再度天を仰いでから駒茅根そわれに向き直った。
「なんでこの設定で男女じゃダメなんです?」
「BLだから味がするんですよ。女が発情してその辺の誰でも彼でも誘惑して股開くなんて、男しか喜ばない設定でしょうそんなもん。大股開いて『誰でもいいから私を抱いて!あそこに挿れて!』なんて女は言わないんですよ、どう逆立ちしたって。男が勝手に想像して勝手に作り上げて、勝手にテレビだの漫画だの小説だのAVだので垂れ流して市民を洗脳したから『それが正しい。女はそんなもん。女はこうあるべき。違うと言ってる女は照れてるか強がってるか嘘をついているだけ』と思い込んでるだけです。いやいや、ただの男の妄想だよ〜ロマンだよ〜ただの創作物だよ〜というなら男も発情してみればいいんです、突っ込む方ではなく突っ込まれる方として。膣の中のあるかないかもわからないGスポットを目指すより、確実にある前立腺を目指した方がよほど男性の快感に直結します。そんな思いを込めて書いてみました」
「う~ん。ですがむしろ男の私から見ますと、女性が性的な欲求をBLに昇華させているように見えるんですよね。特にこのオメガバースですか?この設定ですと顕著に女性が受けに自分を投影しているような気がするんですけれども」
「そう思いたければそう思っていただいても結構ですが」
駒茅根そわれは居住まいを正すとプロデューサーの目をしっかりと見据えた。
「もう一度言いますね。男性が女性に抱いている妄想を、そのまま男性に移し替えてるんです、BLは。一度男の身体のままで口説かれてみる。抱かれてみる。愛撫され、挿入される。その時、果たして男はどう感じるのか?女性にこうあってほしいと男が想像する、受け入れる側の肢体を男も晒すのか?それとも挿入するときと同じ顔をしていられるのか。BLを読んだ男性たちは、BLを嗜んでいる女性たちの想像力を受け入れられますか?」
プロデューサーは渋い顔をした。
「女性が描くBLの世界観、BLの中の恋愛している男性同士を美しいと受け取るか、BLの中でセックスしている男性同士を滑稽と取るかはその人次第です。ですが、その基本様式を女性に押し付けたのは他ならぬ家父長制度を是とする男性社会だということをお忘れなく」




