耽美とBL・6
「とはいえですよ」
プロットを読み終えたアシスタントプロデューサーはテーブル越しにずいと駒茅根そわれに顔を寄せた。
「ヤバくないですか?これ」
「そお?でも男性にはありがちな願望でしょ」
しゃあしゃあとコーヒーを飲む駒茅根そわれを胡乱な目でアシスタントプロデューサーは見た。
「……どっかで見たことある感じするんですけど」
「これだけ創作物のある世の中ですからねえ。どっかしらなにかしら似てるもんですよねえ、BLに限らず」
「訴えられませんか?」
「訴えたくなるほど似てますか?」
アシスタントプロデューサーは「う~ん」と首を傾げた。知る人が見たら発想元は確かにわかるだろう。だがBLだからということを差し引いても、着地点は完全に違う
ちょっとでも似ていれば著作権だ盗作だと取り沙汰される時代である。製作者が神経をとがらせるのは当たり前のことなのだが、的確なガイドラインはあるし、その辺は駒茅根そわれも調べていた。
「そもそもあの作品も別の作品をインスパイアして出来たものだし、大まかなところから連想されたとしても全然違う作品になることは間違いありません」
アシスタントプロデューサーはもう一度プロットに目を落とすと背筋を伸ばした。
「わかりました。ではこの話で進めてください」
あっさりと通ったプロットに駒茅根そわれの方が目を丸くした。てっきり一度プロデューサーに話を通してからになると思ったからだ。
「いいんですか?」
「どうせあの人BLのこと良くわかってないですし、何出してもあ~とかう~とかしか言わなそうなんで、このまま進めちゃいましょう。きわどいですけど面白い話なので」
たしかにあの一見穏やかそうなプロデューサーなら「あ~ちょっとこれでは……」とか「もうちょっとなんとか……」とか何書いても言いそうではある。結果的にBLではなく男女の恋愛物語を書かされそうな予感もする。
「まあ、没になったら書き直すか、降りるかしますんで」
はははとお互い笑ったが、「それはやめて」とは引き留められはしなかった。若い優秀な脚本家は他にいっぱいいる。駒茅根そわれは自分が一介の使い捨ての脚本家にしか過ぎないと自戒していたが、それでもBLに関してだけは譲れない一線を持っていた。クビになっても、業界から干されても、そのためになった脚本家なのだ。悔いは無かった。
A案
マンションのポストに一通の封筒が届く。夫・咲耶より先に帰宅した美波は開封したそれを見て息を呑んだ。そこには咲耶の休養を勧める医師の診断書とパスワードが書かれた便せんが入っていた。
深夜、パスワードを入力してパソコンの画面に現れたのは、一糸纏わぬ姿で両手を吊るされ、目隠しをされたまま3人の男たちに身体中をくまなく見分されている夫・咲耶の姿だった。
次の日、美波は夫の会社に3か月の傷病休職申請の電話を入れ、すぐに診断書を送った。
付き合って3年、結婚して1年になる夫・咲耶に誰にも言いようのない不満を抱えていた美波は女性用風俗を利用していた。そこで知り合ったセラピストにふと咲耶のことを漏らすと、これから先の長い夫婦生活のためにも、咲耶に女性の喜ばせ方を学んでもらったらどうかとアドバイスされたのだ。よかったら良い先生を紹介するよ、と。泊り込みで3か月。決して悪いようにはしない、休職する方法も任せて欲しいと言われ、美波はすべてを彼らに委ねた。
霧生は伝説のセラピストと呼ばれる男だった。今はもう現役ではないが、若いセラピストたちに乞われ、指導する立場にある。女性を悦ばせる前にまずセラピスト自身の身体で極上の体験をさせる彼の手技は、女性どころか男性のセラピストでさえ狂わせるほどの技巧であった。
一日一日とゆっくり、焦れるほど丁寧に少しずつ開かれる官能の扉は、稚拙な手技で4年も美波を燻ぶらせてきた咲耶を陥落させることなど造作もないことだった。
男たちは毎日交代で、ときには複数人で咲耶をもてなしていた。激しく抵抗していたのも最初のうちだけで、日を追うごとに咲耶は諦観し嵐が過ぎるのを待つように無抵抗になる。しかし時が経てばその厚遇を身体中で歓迎するようになっていった。
だが、霧生だけは違った。霧生は決して肌を見せなかった。きっちりとスーツを着込んだまま咲耶を翻弄する。咲耶も怯えの中に潤んだ期待を込めて霧生に従っている。
毎日覗くパソコンの向こうでさざめく、自宅のベッドの上では聞いたこともない咲耶の蕩けるような吐息に、怪しく色づく朱色の肌に、美波の期待は大きく高鳴った。これで咲耶も受け入れる側の官能も理解してくれただろう。おざなりに乳房を揉み、とりあえず陰核を捏ね、コンドームについたローションの助力だけで力任せに挿入してきて、ただ自分の快楽のためだけに腰を振りまくるセックスを止めてくれるかもしれない。だが……。
画面の向こうの咲耶は霧生に貫かれ、牡丹が綻ぶように乱れている。しかし目はしっかりと霧生を見据え、霧生もまたシャツのボタンをひとつ外しながら息を乱している。
一抹の不安が美波の胸を過ぎった。
やがて予感は的中し、戻ってきたはずの咲耶は再び姿を消してしまう。
そしてセラピストとして現れた咲耶は美波を満足させたあと、霧生のもとへまた戻って行くのだった。
完。
「完じゃないな~、これはちょっとダメじゃないかな~……」
苦笑いにもならない困った顔でプロデューサーは出来上がった台本をテーブルの上に置いた。隣でアシスタントプロデューサーは神妙な顔をしてまだページを行きつ戻りつ読み直している。
「一応プロデューサーのご意向通り、男性も喜ばれるよう女性キャラクターも盛り込んでみましたが」
「いや、それはいいんですけど……」
「いや、よくないんですよ。そもそも既存のBLファンは女性が絡んで来ることに非常にナーバスでして、いわんやこのような女性の性的シーンもあるような話ですと逆に反感を買って映画がヒットしないあるいはボッコボコに叩かれる可能性は多分にあるのです。でもプロデューサーがおっしゃるように変に女性的な受けを配役するより女性は女性、男性は男性という風にきちんと分けて性的シーンを盛り込んだ方がむしろ観客には受け入れられやすいのではないかと、いえBLファンは絶対受け入れられないと思いますが、プロデューサーのおっしゃる新しい層の観客、あるいは男性映画ファンなどにも受け入れられやすいのかなと思いまして、断腸の思いで女性の性的シーンも盛り込んでみた次第です」
途中で口を挟もうにも、あ、え、う、としか言えなかったプロデューサーは「申し訳ない……、すみません、お気遣いありがとうございます……」と、なんとか頭を下げる。
「いや、あの、ありがたいとは思うのですが、なんともヌードシーンが多く、こうなって来ますと俳優のキャパシティというものがでしてね……」
「え?まだ決まってないんですよね?俳優は」
ちろりと横目で見る駒茅根そわれにプロデューサーは慌てる。
「ええ、ええ、まだ決まっては無いんですが、最近はね、こういうシーンは世間的にもあまり受け入れられないというか、ね?」
「ですよね~。昔みたいに女優脱がせてなんぼの時代ではなくなりましたものね~」
嫌味のつもりで駒茅根そわれは行ってみたのだが、当事者でなければその年代の人間であったとしても責任はないと思っているらしいプロデューサーはしゃあしゃあとしたものである。
「そうそう、そうですよ、そういう時代ではないんですよ」
駒茅根そわれは若干軽蔑の視線をプロデューサーに向けたが続けた。
「というわけで、もう1本代替案を書いて来ました」




