耽美とBL・5
『……駒茅根さん。絶対あれ、主演にあの人もうオファーしてるんじゃないかと思うんですけど……』
夜、アシスタントプロデューサーからメッセージが届く。
『オファーっていうか、向こうから話が来たらしいので断れてないんでしょうね、怖くて』
『なるほど』
顎に親指と人差し指をあてたツキノワグマのキャラクターがしゅぽりと飛んで来る。
『厄介ですね。悪い人ではないらしいんですが、気を使うので仕事したくないんですけどあんな大物』
『わかるわかる』
腕を組んで深く頷くテングザルのスタンプを駒茅根そわれは返す。
『大丈夫です。向こうから断りたくなる話書きますんで』
『まかせて!』と親指を立てるテングザルスタンプを送ると、『よろしくお願いします!』と土下座したツキノワグマが返ってきた。
件の大物俳優の狙いが何なのかわからないが、おおむね興味本位であろう。何様か知らないが(大物様)そんな一過性の思い付きでBLを弄ばれては困るのだ。大きく育ったとはいえ、BLはまだ成長段階のジャンル。超絶大物俳優の一時の気の迷いで何も知らなかった市井の民の目に触れ「なんだこの破廉恥なジャンルは!」とか「キモチ悪いから発禁にしろ!」とか悪評を立てられるわけにはいかないのだ。
たしかに駒茅根そわれはBLが盤石たる足場を固めることを願っている。そのために長年売れなくとも脚本家として頑張ってきた。だが、今はまだ、というか、あんな超絶大物俳優に縄張りを荒らされるわけにはいかないのだ。なんだ縄張りって。
なにが腹が立つって、ちょっと聞きかじった流行りの物にすぐ飛びつくそのミーハー根性。いかにもテレビマン(ていうか俳優)らしい考え方。若者が「ナウい」って言い始めたら真似してすぐ「ナウい」って言い出した昭和の年寄りそのものではないか。そんなことやってるから若者は「ナウい」って言わなくなって「ナウい」という言葉はいつしか死語になってしまったのだ。年寄りが余計な首突っ込んだもんだから。
一発屋も然り、ブームも然り。あらゆるものを無造作に乱雑に扱って不用意に世間に広め、ただ消費するマスコミュニケーションならぬマスゴミ。BLまでおもちゃにされるわけにはいかないのだ。BLは一時のムーブメントではない。BLは一大文化なのだ。大事に、丁寧に育てて行かなければならない。決してならず者共の手慰みにさせてはいけないのだ。
かつて男たちは映画やドラマの視聴率を上げるために、女優の濡れ場や裸を利用していた。そのためにまず主役は必ず恋愛をしなければいけなかったのだ。男性なら女性と。女性なら男性と。恋愛をしなくとも、なんか裸にされる女性はいたし、主役でなくともまぐわっている場面があった。
嘘かホントか女性の裸、および濡れ場がある方が視聴率、あるいは観客動員数が上がるというのだ。いかにも男性中心社会の考え方である。観るのは男、金を払うのは男。なんなら女も気持ちよがっている女優を見て、あんな風に気持ちよくして欲しいとか思うんじゃない?気持ち良くならなきゃダメよ、モテないよ、男に好かれないよ、あれが女の見本だよと言わんばかりの自己中心的な男特有の考えの押し付け。
何故女というだけで組み敷かれ、おっぱいを見せなければいけないのか。乳首なんて男も付いてるのだから自分の吸えばいいだろうに。
女性の身体は確かに美しい曲線を描いているが、男性だって鋭利に鍛えられた美しい身体を持つ人はいっぱいいるのに。
陰茎を持て余しているのならば、陰茎を持たない女性に対処を求めるより、同じ陰茎を持つ男性に処置してもらった方がいいだろうに。
何故同性にそれを求めない?
暴力と取れる不同意性交の場面をテレビ画面で観ながら、不愉快且つ、つくづくと当時の駒茅根そわれは思ったのである。
男性諸氏は言うのだろう。同じ男の裸を見てもなんとも思わないと。
だが考えても見て欲しい。ドラマや映画で目にするおっぱいは美人女優の丹精込めて作りこまれたプロポーションありきのおっぱいなのだ。市井のしなだれたおっぱいではない。
ということは、たとえ男性でも丹精込めて鍛え上げられた肉体を持つ俳優のおっぱい、あるいはよがり顔ならば、興奮するチャンスはワンチャンあるのかもしれなのだ。
今まで女性が否応なく担わされてきた視聴率&観客動員数稼ぎのためのシーンは男性がやるべき時代になった。
壁ドンし、顎クイしてお姫様抱っこ。女はこういうのが好きなんでしょ?などと紗に構えてバカにされるシーンももちろん男同士でやる。
前張りを貼り、おっぱいを揉まれ、ああ~んとよがる。それを全部男がやるのだ。
別に妊娠して出産しろと言っているわけではない。そんな映画も思い出したように時折あるが、妊娠させるのは決まって女性だったことが駒茅根そわれの不思議に思うところではある。
それはともかく恋愛にしてもセックスにしても、別に男性と女性がしなければいけない決まりはないのである。
ならば今までエンターテインメントを使ってさんざん洗脳されてきた、『裸といえば女体』『おっぱいといえば女』『セックスシーンは男女』『女は組み敷かれるもの。組み敷かれてない女は女王様』という幻想を、一度男性に置き換えて浄化した方がいい。
正直、駒茅根そわれは実写BLでのヌードシーンをあまり好まない。
まず俳優の負担になるであろうし、妥協した末に服を着ていたり妙な演出になったりすると驚くほど視聴者はシラケてしまうからだ。今の今まで積み上げてきた心地よい物語のあれこれがすべて水に流されてしまうほど、良くも悪くもラブシーンというのは暴発しやすい。
だが今回。もし本当に件の大物俳優が陰で糸を引いているのだとしたら。
件の大物俳優はラブシーンを演じない事でも有名である。自身が人気者であることを踏まえて自分のファンにも相手役の女優にも不愉快な思いをさせないという、一見耳障りの良い配慮だと駒茅根そわれは聞いたことがある。自分がそれだけ人気があるという自意識がまず駒茅根そわれの癪に障るところでもあるのだが、別のところからは、無駄なヌードシーンに異を唱えているとも聞こえてきた。雲の上の大スターな顔をしつつも、そんな実直な一面がファンにも裏方にも愛されるところなのだろうなと駒茅根そわれは舌打ちが押さえられない。別に特別嫌いでもファンでもないのだが、BLにちょっかい掛けてきたところが忌々しいだけである。まったくもって面倒くさい。
映画である。R指定を取り付ければいい。ただでさえBLなのだから観に来る観客はそれなりの覚悟はしているはずだ。多少はっちゃけた脚本を書いたところで駒茅根そわれの遺作になるだけのことだ。はっちゃけた脚本ならオーディションに来るであろう新人俳優も本気で考えてから挑戦するだろう。これからオファーを受けるであろうベテラン俳優とて演るか演らないか重々考えるはずだ。そう。これからオファーを受けるというのであればだ。
駒茅根そわれの狙いはただひとつ。
もしかしたらもう主演が決まっているかもしれない件の大物俳優の出演辞退だった。




