耽美とBL・10
ありがたいことに並み居る脚本家の末席を穢している駒茅根そわれだとしても、ファンレターを頂くことがある。ファンレターだと思って開けたら「あれは私の盗作だ!」とか「真実のBLも知らないくせに知った顔で書くな!」とか言う罵詈雑言だったり、「実際の男性同士はあんな恋愛しませんよね?」とか「あのシチュエーションであれはありえないですよね?」とか言う揚げ足取りだったりすることもあるので、駒茅根そわれにしてみれば一種の爆弾扱いなので手放しでは喜べないのだが。
どこで知ったか今回の映画の制作会社に駒茅根そわれ宛のファンレターが届いたというので、いつもの喫茶店でアシスタントプロデューサーと待ち合わせをした。
久しぶりに見るアシスタントプロデューサーは髪はボサボサで目の下にはクマがあり、現場の過酷さを体現していた。
「お忙しいところ申し訳ありません……」
呼び出されたのは駒茅根そわれの方なのだが、あまりにもあんまりなアシスタントプロデューサーの姿につい頭を下げてしまった。
「いえいえ。呼び出したのは私の方なんで……」
アシスタントプロデューサーも頭を下げてから、一通の手紙をテーブルに乗せた。
「これなんですけれども」
あて名は確かに『駒茅根そわれ様』と書いてあったが、裏に差し出し人の名前は無かった。
「筆跡に見覚えがあるんで、もしかしてと思って。こちらの都合で申し訳ないんですが、差し支えなければここで開封していただけませんか?」
信用できる人である。駒茅根そわれは深く理由も聞かず、すぐに封筒のてっぺんをコザクラインコくらい細かいリズムで千切った。
褒めるほど上手くはないが、けなすほど汚くもない。どちらかというと書道は習っていなくとも綺麗な字を書こうと子供の頃から努力して、きちんとノートを取ってきたのであろう実直な性格が伺える文字が、宛名と同様2枚の便せんに整然と並んでいた。
『駒茅根そわれ先生
はじめまして。僕はAkiraという駆け出しの俳優です。
僕は性自認は男、性的指向も男のゲイです。
自分が男が好きだと自覚したのは幼稚園の頃で、でも絶対人に知られてはいけないと思い親にも兄弟にも必死に隠して生きてきました。
中学生の時も高校生の時も女の子と付き合って、上手くすればこのまま女の子と普通の結婚ができるかもしれないと思ったこともありました。でもどうしても身体は正直で、どの子ともあまり長続きはしませんでした。
本当は男が好きなのに、女の子が好きなふりができる自分は役者に向いているのではないかと思い演劇を始めたのはこの頃です。もともと本当の自分ではない偽りの自分を生きている僕にとって、さらに違う人間の人生を演じることは簡単なことだと思ったのです。
でも全然違いました。
学生の演劇部ならまだ偽れました。でも劇団ともなるとそんな小手先のごまかしなど通用しない。偽りに偽りを塗り重ねても、舞台の上で生きる人物の人生に深みが出て来ないのです。
先生。僕にチャンスをください。
僕はもう、偽ることを止めたいのです。
真の役者と成るために、僕は自分の性的指向をカミングアウトし、役者として成長したいのです。
僕はゲイです。咲耶を誰より生きた人間として、そこに居る人間として演じる自信があります。
どうか僕に、咲耶を演じさせてください。
そして嘘偽りのない本当の自分自身でこの世に存在する権利をください。
よろしくお願いします。
駒茅根そわれ先生を誰より尊敬するAkira』
「……重い」
駒茅根そわれはうっかり呟いた。この手の「自分を是非採用してください!」の売り込みは初めてではないのだが、毎度毎度どれもこれも重かった。採用にかこつけて自分の人生まで背負わせようという文章がどうにもこうにも受け付けないのだ。一介の売れない脚本家になんてものまで背負わせようと言うのかこいつは。
「ゲイがどうとかが本当かどうかは置いといて、オーディションにも来られたんですけどね、この人」
「もう落ちてるじゃん」
「普段はホストやってお金稼いでいるらしいんですけど、ゲイなのにホストやってる理由が『一生かけても好きになれない女という性の望む男を演じて演技力を養うため』だそうなんですよ」
「ダメじゃん」
駒茅根そわれの目が座る。
「駒茅根さんが一番嫌いなタイプですよね。まあ、実際演技もとんでもなくお粗末で、本当に演技の勉強してるかどうかも怪しかったんですけど」
「いろんな人が来るんだね、オーディションて」
「いやあ。今回ある程度実績のある事務所にしか案内出してなかったんですけどねえ。どっから紛れ込んだのやら」
と言いつつ所属事務所の名前とかわかっているはずである。これからの仕事の都合上、強くも出られないのだろう。多少の清濁は併せ吞むのが社会である。
「相当この役に賭けてたみたいですんごくしつこくてですね、この人」
アシスタントプロデューサーはテーブルの上の手紙をこつこつと人差し指で叩く。
「演技テストが終わったあと、『オレ、どこまで撮ってもらっても大丈夫なんで、インティマシーコーディネーターとか必要ないんで!なんだったらナマでもイケますんで!」
「AVじゃないのよ、なに言ってんのよ」
駒茅根そわれは呆れてツッコむ。
「『経験わりとあるんでインクルーシブディレクターとか兼任できますんで!』って」
「本物のお馬鹿さんじゃないの……」
やる気が空回りしている若者ならよくいる話なのでまあまあ微笑ましいで終わることもできるのだが、質の悪い過信系お馬鹿さんは痛々しいにもほどがある。
「で、見かねたのか腹に据えかねたのか、件の有名大物俳優が動きましてですね」
アシスタントプロデューサーはテーブルに身を乗り出すと真剣な顔を駒茅根そわれに近づけた。駒茅根そわれも釣られて顔を寄せる。
「『どんな人間でも演じるのが役者だよ。ゲイだからゲイを演じられるって言うような役者には他のどんな役も任せられない』」
少々粗いものまねを交えつつアシスタントプロデューサーは背筋を伸ばす。
「『君はBLの世界観も女性の気持ちも上手く読み取れてないようだね。今回の映画はそういった男性たちにも伝わるように作るので、是非劇場に観においでね』」
駒茅根そわれは、くっと奥歯を噛みしめた。アシスタントプロデューサーは噛みしめるように顔を顰める。そして悔しくて、堪えようとしても漏れ出る言葉をふたり同時にカラカラの声帯から絞り出した。
「……カッコいい……!」
ただのミーハー気分でBLに手を出したと思っていた有名大物俳優は、案外きちんとBLのことを勉強しているのかもしれないと駒茅根そわれは思った。
にしては採用されたのが、あの脚本。有名大物俳優に諦めさせるためにあえてヌードシーンを多くしたあの脚本。
いや、たしかに駒茅根そわれがBLで伝えたいことはあの脚本に丹精込めて詰め込みはしたのだが、なにせヌードシーンがてんこ盛りだ。物語上必要なくは無いのだが、いやむしろヌードシーンあってこその物語とも言えるのだが、制作が始まった今になって駒茅根そわれは焦り出した。
だってあれ、有名大物俳優と売れっ子俳優が演るんでしょ?ヌードで演られても焦るのだが、最悪BLがよくやる悪手。次の日まっさらなTシャツ着てベッドに横たわってるっていうへっぽこどっちらけ匂わせ展開。
あれやられたらどうしよう……。駒茅根そわれは蒼白になった。




