耽美とBL・11
駒茅根そわれが脚本を提出してからそろそろ半年になろうかという頃、アシスタントプロデューサーから連絡があった。撮影が押しているというのだ。何かトラブルでもあったのかと駒茅根そわれが心配すると、ただ一言メッセージが返ってきた。
『監督のこだわりが悪化しています……』
しゅぽり。死にかけのツキノワグマが横たわって泣いていた。
そしてそれから1か月。アシスタントプロデューサーは音信不通となった。
久しぶりに会ったアシスタントプロデューサーは若干疲れてはいたものの、駒茅根そわれが心配するほどにはやつれてはいなかった。撮影も終了し、あとは監督の編集待ちで余裕が出来たのか、甘いコーヒーを一口飲み、ふうと息を吐きだした彼女は穏やかな顔をしていた。
「一時はどうなることかと思いましたよ……」
「そんなに?」
「だってあの監督ですよ」
あの監督とは駒茅根そわれの脚本作品を始め、多くのBLドラマを撮っていることでお馴染みの女性監督だ。絵コンテをしっかりと用意してくれるのでスタッフ陣から準備がしやすいと好評な意見もある反面、細かすぎると苦情が出ていると駒茅根そわれもちらほら耳にしている。
しかもこの監督、ベッドシーンに並々ならぬこだわりを持っている。
より官能的に撮るためだけではない。いかに演者に負担をかけず、官能的なシーンを撮るかに命を懸けているのだ。曰く、「AVでもないのに長々まぐわってるシーンなんか撮ってどうする!抜くためのベッドシーンじゃねーんだよBLのは!純熟した愛の確認作業なんだよ!」なのだ。
そこで編み出したのが1カット10秒ルール。肌の過剰な接触シーンはもちろん、指を絡めたシーンでさえベッドの上ならすぐにカットをかけた。なので必然的に撮るカット数は多くなり、かえって俳優の負担になるのではと思われる向きもあったが、瞬発的な集中力を発揮する俳優には好評だった。
ただカットがかかるたびに準備に追われるスタッフには相当な負担がかかった。特に今回の映画は咲耶が裸のまま調教されるシーンが多い。今さらながら、よくそんな映画作ろうと思ったなと脚本を書いた駒茅根そわれ自身が思う。アシスタントプロデューサーは、ややうんざり気味にぼやいた。
「本当によく頑張られましたよ、咲耶役の俳優さんも調教師役の皆さんも。なんかもう途中からアクションシーン撮ってるんだか格闘シーン撮ってるんだか、私たちもわかんなくなっちゃって。俳優さんたちなんかカットがかかるたびに肩で息してて、よくあんな切り替え切り替えしててスイッチ壊れないなって、プロってホント凄いって思いましたよ」
「なんかすみません……」
書きはしたけど採用したのはプロデューサーなので責任は丸投げしたい駒茅根そわれであるが、なんかちょっと申し訳なくて一応謝ってみたりする。アシスタントプロデューサーは「いやいや」と首を振りながら飲んでいたコーヒーカップを皿に戻す。
「例の有名大物俳優さんも無理な姿勢で10秒耐えたりとかギリギリまで肌晒したりとか、文句も言わずむしろ率先して頑張ってらっしゃいましたよ」
うわぁ~……と駒茅根そわれの口から思わず漏れて青くなる。
「やってくれたんだ……」
「そりゃあ、あのシーンありきですから」
うわぁ~……ともう一度駒茅根そわれの口から漏れた。
書き手の技量が露骨に問われるBLの官能シーンは駒茅根そわれも好きだ。甘やかな表現も、なんじゃこりゃという滑稽な表現も、それこそ身の内からゾクゾクする練熟した表現も。主役ふたりの関係の集大成とも言える性交はとても愛しい。だがそれも漫画や小説に限った話なのだ。
実写BLに於いてはそれほど官能シーンは必要ないと駒茅根そわれは思っている。
生身の人間が演じる官能シーンは想像するより生々しい。だからこそ古の時代は無料で手軽に興奮したい男性のために、女性のヌードが無防備にテレビで見世物のように晒された。そして現在ではそれが糾弾され地上波からは一掃され、映画でもR指定が表記されるようになった。
別にこれは女性に限ったことではない。男性とて官能シーンはそれほど無防備に晒すものではないと駒茅根そわれも思っているのだ。
恥じ入るものを書いたつもりはない。むしろ駒茅根そわれが書いて来た2本のBLドラマの着地点ともいうべき作品なのである。だが、そもそもの動機が『演れるものなら演ってみろ!』だった故、実際に演じられて映画になるとなると、少々自省の念が堪えない駒茅根そわれである。R指定が入ることがせめてもの救いであった。
駒茅根そわれは一度も撮影現場に行かなかった。脚本家が行ったところで現場ではなんの役にも立たないし、スタッフは誰も脚本家のことを知らない。行ったところで身の置き場がないのだ。
駒茅根そわれが有名大物俳優に会ったのは試写会が初めてだった。緊張しすぎて何を言ったか言われたか覚えてないが、お礼の言葉を言ったような気がする。さすがに大物俳優は忙しいので、握手して、それで終わったような気がする。
駒茅根そわれ脚本の初めてのBL映画は、自分で本を書いたとは思えない素晴らしい出来だった。
性別年齢問わず、たくさんの人間が映画作りに関わる。価値観も解釈もそれぞれに違うはずだ。なのにBLというまだ未知の分野の映画をこんなにも素晴らしく仕上げている。プロの力って凄いと、改めて駒茅根そわれは感動していた。
「男性同士のセックスが見たくてBLが流行ったのではないだろう。恋愛に於いても人間関係に於いても対等な関係を表すのに男性同士が表現されているだけだ。
もっと言うなら男性側が、女性たちがどうしてBLを愛するかと考察して結論を出すことがまた無神経だろう。その行為は他でもなく、女性たちがもっとも嫌う『女性を性処理の道具として見る』行為に通じるからだ。いちいち女性たちの行動を性的な行動に当てはめて考えてきた男性たちは、BLを嗜む女性たちではなく、BLそのものと真っ向から向き合うべきだろう。
『男は真剣に女性のことを考えないと女性に見捨てられる』というメッセージでさえ、女性の性的なシーンを見世物にして伝えようとする。それは果たしてどうなのだろうか」
おわり
最後まで読んで頂きありがとうございました。




