耽美とBL・3
「原作無し。ドラマの続編というわけでもないまったくの新作なわけですから、スポンサーとしてもあまり派手な冒険はしたくないということで……、ただでさえBLなわけですから」
穏やかそうなそのプロデューサーは銀縁のメガネの奥で人の良さそうな目じりを下げた。
「ここは一般的に多くの女性ファンが喜ぶ高身長でカッコいい攻め、でよろしいんですかね?男役の方と、女性視聴者が自分を重ねやすい可愛らしい受け、つまり相手役ですね。そういった方たちのダブル主演でお願いしたいと思っておりまして」
駒茅根そわれはあからさまにため息をついてこめかみを抑えた。
「ファンタジーや時代劇といった予算がかかるものではなく、舞台は現代、かつ女性受けする溺愛系ロマンスで、芸能系とかサラリーマンとか学校とか、そういった撮りやすい舞台設定でお願いします。ただ学園物で先生と生徒だと最近はコンプライアンスに抵触するものもありますので、そこのところはくれぐれも考えていただいて……」
四、五十代のおじさんプロデューサーの知見なんてそんなものだろうと駒茅根そわれも期待はしていなかったが、なんとも先が思いやられる依頼である。まあ、この国で映画を撮るなんて、しかもBLのなんて予算に最初から期待はしていないので言われなくても現代サラリーマンか青春物にする予定ではあったのだが、それにしても。
「あ、駒茅根さんはベテランの俳優さんが演じられることにこだわりがあるということなので、一応攻め、って言うんですかね?男役の俳優さんは経験のある俳優さんにお願いしようということになっています。受け、ですか?女性役の、あ、こう言ったら怒られちゃうのかな?」
はははと笑うプロデューサーに悪気は無いのであろうが、すでに『男役』のところでカチンと来ている駒茅根そわれは口の中で舌打ちする。
「受け、でいいんですよね?なんか言い慣れない言葉なもので」
「じゃあ言い慣れるまで百回繰り返してください」
へらへらしたプロデューサーの態度に我慢できず、ついに駒茅根そわれは言葉を被せた。
プロデューサーは慌てて背筋を伸ばすとコホンと仕切り直す。
「受け役の方は十代から二十代前半の新人俳優を予定しています。脚本が出来次第オーディションあるいはオファーを考えていますので、駒茅根さんにはそのあたりを考慮して作品を書いていただければ……」
結局新しく立ち上がったBLの企画は新作映画となった。以前、某有名俳優を使えと言ってきたプロデューサーは別の仕事が入ったらしく、この、BLとも某有名俳優とも縁もゆかりもなかったプロデューサーにお鉢が回されたらしい。駒茅根そわれも彼の名前は聞いたことはあった。ドキュメンタリーや報道で経験も知名度もあるプロデューサーである。それがあなたなんでこんな畑違いのBL映画などとと駒茅根そわれも同情を禁じ得ないが、それにしても前もって一応ちょっと勉強ぐらいしてこないか普通?とイライラは募る。
「BL作品は今回が初めてということでプロデューサーも少々戸惑われているようなので軽く補足と修正をさせていただきたいのですけれども」
眉間を揉む駒茅根そわれを見かねてか、やんわりとかつ力強く言葉を挟んだのは二作の駒茅根そわれ脚本作品に関わった女性アシスタントプロデューサーであった。
「たしかに女性的な可愛らしい受けが多数存在しますが、『BLといえば可愛い受け』という単純な話ではありません。女性BLユーザーの全部が受けに自分を重ねているわけではなく、壁になって主人公である受けと攻めの幸せを願うという第三者的視点、ストーリー全体に感情移入して楽しむ傾向にありますので、そこばかり主張するとかえって反発を招くと思います。なので高身長でカッコいい攻めと女性的で可愛い受けと限定するのではなく、駒茅根さんにはもっと自由に発想して脚本を書いていただいた方がいいと思いますが」
なるほどなるほどと言いながら殊勝にもメモを取りつつプロデューサーは頷いている。駒茅根そわれも同じように感慨深く頷いていた。
かつてこの女性アシスタントプロデューサーも「男と女じゃダメなんですか?」などと、BLユーザーに対して一番言っちゃいけない、神をも恐れぬ発言を堂々と無垢な瞳で駒茅根そわれにかましたことがあった。そんなことを言う人だから、このプロデューサーと同じく「BLユーザーは女性的な可愛い受けに自分を重ねて楽しんでいる」と信じて疑わなかったのだ。
だが駒茅根そわれが最初に書いた連続ドラマの青春物BLに携わることによって大きく意識を改革していくことになった。
ゲイであることを隠している野球部のエースとケガで野球を続けられなくなるもマネージャーとなった少年の酸いたらしくも透いたらしい青春の物語。ケガで野球を諦めざるを得なかった悔しさとコンプレックスに寄り添うエース。しかしゲイであることが明るみに出ると彼は孤立してしまう。そして今度はマネージャーが彼を支え、やがて部員たちも『ゲイ』と知る前と後で彼も自分たちも何も変わりが無いことに気づき元の関係に戻って行く。
「それ、マネージャーが女子ではいけないんですか?」
BLという言葉は知っていても読んだことの無かった件の女性アシスタントプロデューサーの第一声である。まあ、そういう考え方もありますよね、と駒茅根そわれはこめかみを抑えつつ説明した。野球部のエースと女子マネージャーの話なんて少年漫画やエロ漫画合わせれば、ヤギがいっぺんにするウンコの数ぐらいありますよね?と。
しかし同じ「ケガで野球を諦めた」属性にしても実際にプロ野球の土壌のある男子の方がよりコンプレックスを刺激するし、そこを加味して叱咤激励するにしても単に『友情』か『恋情』かで表現の微妙な違いをアレンジ出来て、創作者及びそれを待っているユーザーにしてみればかなりのご馳走になるというものなのだ。
尚且つ、浅はかな知識ばかりで性的にも人間的にも未熟な高校生男子の集団に於いて、主役のふたりが密かに恋心を育んでいく過程がいわゆる焦れきゅんであり、単に男女であればつまびらかにして良い関係もひとつ障害を持たせればなんとも盛り上がるのである。
さらに言うなら男女の恋愛物であれば当たり前のように付き合ったり手を繋いだりキスしたりする展開に、多くの女子は辟易しているのである。何故男女であればすぐそうなるのだと。いやいや。それありきの恋愛物なのだから絶対そうなるでしょうと言われるのならば、だからこそBLという土壌でその男女の恋愛物の典型ともいえる展開をそのまま男同士で繰り広げるのだ。人、それをパロディとも言う。
最終回、同じ大学に進学したふたりは打ち合わせしたわけでもなく、近所のアパートにそれぞれ居を構える。コンパの帰り、「今日おまえんち泊って行っていい?」という受けに「もう引っ越してくれば?」と攻めがドアを閉めるところでドラマは終わる。
キスひとつせず過度なラブシーンも入れず、ふたりの間柄は匂わせを徹底した演出によってこのドラマは大成功を収めた。
そして件の女性アシスタントプロデューサーも開眼したのである。
「わかりました。男性目線の女性偶像が邪魔なんですね」
「それです」
女子マネージャーはさぞかし可愛かろう。さぞかし甲斐甲斐しかろう。さぞかし愛する彼を支え、健気なことであろう。
だがしかし何故それを男子がやってはいけないのだ。「女子じゃいけないんですか?」をそっくりそのまま返したい。「何故男子じゃいけないんですか?」
「恋が芽生えないから」というのならそれもそのままそっくり返そう。「何故男子だと恋が芽生えないのですか?」
もっと言うならそんなにいちいち『恋』や『セックス』が必要とは思ってないのだ、世の女性たちは。異性がいないとポテンシャルも上がらない何かならやめた方がいい。一度男同士の恋愛を見て平常心に戻れ、と。




